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アネモメトリ -風の手帖-

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#24

ナチュラルプランナーとして、ひとと自然の和を取りなす
― 北村謙五

(2014.11.05公開)

 コンピューターシステムを管理、開発する情報技術者として百貨店に勤務していた北村さん。デジタルの世界に身を置きながらも、もっと視野を広げ、未知の世界を学びたいとの思いから京都造形芸術大学通信教育部の空間演出デザインコースに入学する。その後古民家を利用したギャラリーで本物の土壁と出会い、そのうつくしさや奥深さに衝撃を受けたことがきっかけで土壁の研究をはじめることとなる。百貨店を退職し、“環境とひとにやさしいものづくり”をテーマに、“ナチュラルプランナー”としてあらたな道を歩みはじめた北村さんがものづくりに込める思いとは、いったいどのようなものなのだろうか。

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姫路市にある旧家を改造したギャラリー兼カフェ。この場所で北村さんは本物の土壁と出会った

——情報技術者、いわばコンピューターの世界のエンジニアとして働いてらっしゃった北村さんが、京都造形芸術大学で芸術を学ぼうと思われたのはどういったことがきっかけだったのでしょうか。

情報技術者として現場の要望に従い、お客様にとって便利なツールをソフトウェアにして開発する、という仕事はデジタルデータでしかかたちに残らず、それも技術の日進月歩で消えて行く、という状況でして。そのことが自分のなかでどこか物足りないような、さびしいような感覚を抱くようになったんです。百貨店業界で長らく働いてきた結果、社内でも情報技術に関しては第一人者的な位置づけにはなっていたのですが、新しく学ぶことが少なくなり、自分の頭のなかが論理的思考に偏っているような気もしまして。
そこで自分の視野をもっと広げ未知の世界に身を置いて、柔軟な思考で物事が見られるようになりたいと思い、京都造形芸術大学に入学することにしました。

——機械の世界から、芸術の世界へ。いわばまったく真逆の世界へ飛び込まれたわけですね。大学では主にどのようなことを学ばれたのでしょうか。また卒業研究で取り上げられた土壁についてはどのようなことがきっかけで出会われたのでしょうか。

空間演出デザインコースで、今までとはまったく畑違いのデザインや芸術に関することを学びましたね。とにかく未知の分野のことを知りたい、という一心でして。空間演出デザインコースの選択科目のなかには建築デザインの要素がふんだんに盛り込まれているものが多かったこともあり、だんだん建築に興味を抱くようになりました。建築の知識を蓄えていくなかで、徐々に日本の伝統的な建築物について興味が湧いてきまして。調べていくうちに、江戸時代末期の旧家を改造したギャラリーを訪れる機会があり、その空間のなかで本物の土壁に出会いました。それまで土壁については知識も興味も何もなかった状態だったんですが、理屈抜きで心底感動したんですね。そのころは入学2年目だったのですが、卒業研究のこともそろそろ視野に入れていた時期でして。そのギャラリーでの深い感動をきっかけに土壁を本格的に研究してみようと決めました。

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(左)北村さんが出会った築150年の旧家の長屋門を改造したギャラリー「もとじゃ」の外観 (右)なかはカフェ「ルア・ノーヴァ」が併設。このカフェの企画や立ち上げには建築士の浦篤史さんらとともに北村さんも関わった。土壁に囲まれ、店内は落ち着いた雰囲気が漂う

——縁もゆかりもなかった土壁に惚れ込んだのは、北村さん自身がどのような感覚や印象を受けられたからなのでしょうか。

日本は地震をはじめとした自然災害が多いこともあり、建築物が長く残りにくいのですが、その土壁は150年を経て保存されていた貴重なものだったんです。長い年月を経てその場にある存在感が、えも言われぬ素晴らしさでして。表面の質感などはひとがデザインしてつくり出せる範疇を超えていましたし、室内の空気感もまるで外にいるかのような爽やかな心地よさがありました。近づいてよく見てみると光沢があって、艶があるんですよ。それらを五感で感じ取ったとき、土壁のユニークさに本当に感激したんです。そこから土壁がいったいどのようにつくられているのかを調査してみようと思いました。

——調査はまずどのようなことから始められましたか。

そもそも土壁が何からつくられているのか、ということから調べだしたんですが、土壁に使う土がただの土ではないのだ、ということがわかりました。土を大きさで分類していくと最も小さい粒子のものが粘土になるんですが、土壁は粘土でつくられていて、細かい粒子でないと固まらない、かたちをなさない、という初歩的なことを知りました。しかも、粘土の質によって仕上がりが大きく左右される。では、どこの土が良いのかということを調査することにしたんです。その結果、六古窯(ろっこよう)と呼ばれる、古くから窯業地として知られる土地が浮かび上がりまして、実際にその地に足を運んで気候風土による土の違いと、土壁の特色を調べました。常滑、越前、信楽、瀬戸、丹波、備前の6ヵ所ですね。

——その6つの土地の土が、土壁に適していた、ということでしょうか。

そうですね、やや適している、と言った方が良いかもしれません。陶芸に使われる土も同様ですが、そこから調整しなければ土壁には使いにくい、ということですね。しかし粘性がある、というところでは共通していました。深い地盤が花崗岩や流紋岩からできていて、その岩からできた良質な粘土が手に入りやすい環境というのが6ヵ所の共通点であることが調査からわかったんです。
卒業研究では各地の風土的な特色をふまえ、土壁がどの程度残されているのかを調査した結果を発表したほか、土壁に精通した熟練職人からの話をもとに抽出したレシピを“土壁レシピ”と題して、6ヵ所の土に水やスサなどほかの材料をどの程度混ぜれば土壁ができるのかを実験、研究し、その出来上がりから質感や色などの違いを比較しました。また木枠で土壁のユニットを試作しまして、土壁を室内空間へ気軽に取り入れられるような商品を発案したりもしましたね。

土

各地から採取したさまざまな色、材質の土

越前_土壁
常滑_土壁
備前_土壁
瀬戸_土壁
信楽_土壁
篠山_土壁

左上から時計回りに:北村さんがおよそ9ヵ月にも及ぶ工程により再現した「土壁レシピ」からつくり出された越前、常滑、
備前、篠山、信楽、瀬戸の土壁。産地によって土壁の色合いや質感が異なるのが興味深い

土壁塗り

土壁づくりの行程のようす。粘土状の土に水や藁スサを入れて混ぜて熟成させ、竹で組んだ枠の上に塗り込め、乾燥させる

——すごく斬新でおもしろい研究ですね。そのような土壁の研究を通じて北村さんが気付いたことや、今後やってみたいと思われたことはありますか。

土壁の製作自体で感じたことを言えば、実際につくったあとも刻一刻とその表情が変わっていく、ということがわかり、本当にユニークなものである、ということですね。しかも産地ごとに起伏の出方や色合いも違うので非常におもしろい実体験ができたと思っています。
また、大学の授業で得たデザイン的な知識やスキルもふまえて、環境とひとにやさしいものづくりをしていきたい、と考えるようになりました。また、そういった活動をされている方への支援を行っていきたい、という思いも芽生えましたね。今流通している工業製品というのは環境に対して循環に乏しいといいますか、循環型社会に適合していない、と思えるのですが、ひととして歩みを進めていくなかで限りある資源を有効に使っていかないと、どこかで行き詰まってしまうんじゃないかと思っていまして。そんななかで自然素材を使った商品を企画開発していきたいと思うようになりました。

——土壁をはじめ、自然素材を使った商品開発にはコストや時間がかかることがデメリットのひとつとしてあげられますが、北村さんはその点についてどのような観点をお持ちでしょうか。

近年、一般の方々の環境への意識は昔に比べると徐々に深まりつつあると感じていますが、実際に身の回りを見まわしてみると工業製品に囲まれている。これは本当に必要なものが手に入っていないのではないか、または本当に必要なものに気づけないような環境になっているのではないかと感じています。そこで環境への気づきを触発させられるような商品の提案をしていければいいなと思っています。

——北村さんの現在の肩書きには“ナチュラルプランナー”とありますが、これはそういった気づきを触発させる商品を企画するひと、という意味なのですね。

ディレクターといってもいいのですが、商品の企画を立てる、ということがメインなのでこういったネーミングで活動を始めています。特に土壁をはじめ、土に関することなら貪欲になんでもやっていきたいと思っていますね。
2年前に情報技術者として勤めていた百貨店を辞めてから、職業訓練校で1年間大工スキルを学んだのですが、そこで職人さんの心得や思い、手仕事による技術の尊さを学びました。そういった現状を知ったからこそ、自分が職人さんたちの取り組みを発信するお手伝いをしていけるのではないかとも思っています。

——プランナー兼ものづくりの職人さんたちの窓口、いわば広報者というような位置づけですね。現在具体的にはどのような商品を開発されているのでしょうか。

「Atelier Tinkule」というブランドで、先ほど述べた環境とひとにやさしいものづくりをテーマに自然素材を用いた商品を企画開発、販売しています。始めてまだ1年くらいなので商品のラインナップは少ないんですが、蜜蝋を使った商品をいくつか売り出しています。これからもラインナップは増やしていきたいと思っていまして、革製品や木材加工の商品開発なども視野に入れています。

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「Atelier Tinkule」で扱う蜜ろうの『木工美肌』。北村さんが各地の蜜ろうなどの素材を集めて調合し、商品化した

——自然素材の商品を扱ううえで、大変なことがありましたら教えてください。

基本的にひとりで企画をし、素材の調査やマーケティングを行い、素材を調合して試作品をつくっています。いろいろな場所に出向いたり、研究したり、というところで結構時間がかかってしまいますね。実際ものができあがると、パッケージはどうするのか、販売ルートはどうするのかということがプロセスのなかに入ってくるのですが、それらも自分ひとりですべて行っています。自然素材のものというと市場にそれほどルートがひらかれていないことも多く、言ってみればニッチな世界ですから、個人商店単位の需要にひとつひとつ対応していく、という流れになります。自然素材に興味のあるクライアントにご説明して販路を広げていく、というやり方のほか、ウェブサイトでの販売も行っています。ウェブに関してはデザインもプログラミングもしていますね。

——すべてをひとりでまかなってらっしゃるということですね。現在は「Atelier
Tinkule」を軌道にのせながら、ライフワークとして土壁の普及に携わってらっしゃるというかたちなのですか。

そうですね。理想としましては、「Atelier Tinkule」で得た収入を、ゆくゆくは土壁を普及するなどの文化活動の資金にしていきたいと思っています。どちらもバランスをとってやっていくことが必要だと感じていますね。

——北村さんは今後ご自分の活動がどのように広がっていくといいと思ってらっしゃいますか。

わたし自身が声高にメッセージを投げかけるということはないのですが、知らず知らずのうちにこれは良いものだ、という認識が浸透していけばいいなと思っています。どういうやり方がいいのかは悩むところではありますが。自然素材のものが本当に良いものなのだという認識を、自然に高められたらと思っています。
また、ある程度需要が落ち着いてきたら製作に関してはひとを入れて、自分自身は企画の方に専念していけたらと思っています。最初から製作の行程のどれかをひとに任せるということもできるのですが、それをやってしまうと商品への思い入れが薄くなってしまう。それでは本末転倒だな、と思っていまして。今はあえて自分にムチ打ってすべてひとりで行っています。ゆくゆくはプランナーに専念できるよう、商品開発を続けていければと考えています。

インタビュー・文 杉森有記
2014.10.3 skypeにて取材

profile

北村謙五(きたむら・けんご)
1979年兵庫県生まれ。情報技術者として通信・小売・飲食業界などで幅広い業種を経験。2010年より京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコースにて学ぶ。土壁研究をはじめ、自然素材を使った商品開発に取り組み、2014年に「Atelier Tinkule」を設立。環境とひとにやさしいものづくりや次世代の環境支援活動に取り組んでいる。

杉森有記(すぎもり・ゆき)
1979年福井県生まれ。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒業。美術館学芸員、雑誌編集者を経て、アートやローカルカルチャーに関するライターとして活動を行う。