アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#22

都会の畑を耕しながら、感性の芽を育んで
― 五十嵐洋子

(2014.09.05公開)

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「グリグリ」の畑の入り口にはメンバー手作りのバラのアーチが。4種類のバラが育てられている

東京の北東部、巣鴨。昔ながらの風情が残るこのまちには、廃校になった建物を再利用し、子どもとアートが出会う場所を提供するNPO法人「芸術家と子どもたち」がある。ここに勤務する五十嵐洋子さんは、校庭だった場所に畑をつくり、子どもたちが地元のひとたちと交流しながら野菜や果物を育てる活動“Greeting Greens〜グリグリ・プロジェクト〜”(以下「グリグリ」)のコーディネーターとして、多様な活動を続けている。子どもたちとともに畑を耕し、作物を収穫しながら五十嵐さんが感じたグリーンとアートの可能性とは、どのようなものなのだろうか。

―五十嵐さんがNPO法人「芸術家と子どもたち」に入られたきっかけを教えてください。

「芸術家と子どもたち」は1999年に発足し、2001年にNPO法人化した団体なんですが、公立の小学校にアーティストを派遣して授業を行うASIAS(Artist Studio in a School)という事業を実施していることを、当時団体が支援を受けていたアサヒビールのホームページを通して知り、現場の授業をサポートするボランティアに目がとまりました。わたし自身、以前からアートを通じて地域交流を促すような仕事がしたいと思っていて、アートマネージメントの勉強会に参加していたんですが、この募集をホームページで知り、応募しました。2004年には廃校を活動拠点にすることが決まり、現在の拠点になっている西巣鴨に事務所が移転することになったことを機に、事務局のボランティアとして携わるようになりました。

―最初はボランティアとして活動されていたのですね。

わたし自身、主婦で当時はあまり家を空けられなかったので週に2日のペースでお手伝いをしていました。西巣鴨に拠点が移ったときは、学校へのアーティスト派遣の業務以外新しい事業が決まっていなかったので、今後どういうプロジェクトをやっていくかという話し合いに参加しつつ、しばらくスタッフの方たちと事業展開を模索していました。そんななかで地域の方たちと野菜や果物などを育てるプロジェクト「グリグリ」を発足することとなりました。その時点では他のスタッフのアシスタントとして関わっていたのですが、翌年からはわたし自身の希望でわたしが担当になりました。1年間ボランティアとして活動していたんですが、それ以降は非常勤スタッフとして働いています。

―西巣鴨の事務所で勤め始めて今年で丸10年になるんですね。巣鴨というと「お年寄りの原宿」と呼ばれるほど中高年が多く集うまちとして知られていますが、このような地域で子どもを対象にしたアートプロジェクトが発足したのは、何か目的があったからなのでしょうか。

当初から地域ありきで発足した訳ではなかったのですが、巣鴨という土地は少子高齢化が著しく、都内23区のなかでも最初に小中学校の統廃合が進んだ地域でして、早い時期から廃校が増えていったそうなんです。
豊島区は、そうした遊休施設の活用方法に困り、事業を公募したところ、「芸術家と子どもたち」と「アートネットワークジャパン」という2つのNPOが提案した事業が採択され、2004年、豊島区文化芸術創造支援事業の一環として「にしすがも創造舎」がオープンしました。アートファクトリーとして、地域の方々とアーティストによるプロジェクトなどを展開して、今年10周年を迎えることができました。

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都会の真ん中、校庭の片隅に作られた「グリグリ」の畑

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校庭だった土壌は固く、除草剤なども残っている。新しい土を混ぜながら耕し、徐々に改良していったそう

―子どもが少ない地域だからこそ、「芸術家と子どもたち」のような子どもを対象にした活動を行う団体が求められたのでしょうね。五十嵐さんが担当されている「グリグリ」プロジェクトですが、グリーン、いわゆる野菜や果物とアートは一見関係性がないようにも思えます。五十嵐さんはグリーンのどのようなところがアートだと感じてらっしゃいますか。

うちでは都心で畑をやりたい、というちょっと希少な方たちが豊島区内外から集まるんですが、さまざまな個性を持つひとたちがみんなで相談しながら畑づくりをしています。その話合いも含め、いろんなひとと出会って何かを育てようとすることそのものがアートなんじゃないかと思っています。植物を育てること自体が創造の源というか。茎が綺麗なピンク色だったり黄色のホウレンソウを育てたことがあるんですが、そういった植物の造形や色の多様性を直に目にすると、どうしてこんな色やかたちになるんだろう、という気持ちが芽生えてくるんですね。それもアートだな、と思います。子どもたちは割と純粋にそういったことを感じとっていますね。わたしも実際に畑仕事をしてみてから、植物の多様性やユニークさに気づくようになりましたし、より深く興味を持つようになりました。

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(左上から時計回りに)丸々としたニンニク/野菜だけでなく、イチゴなどの果物も育てている/とれたての野菜は、収穫ごとに調理して皆でいただく/石釜も手づくり。ここでピザや焼き芋、焼きリンゴなどを調理する/「ネヘレスコール」という食用のブドウは育て始めて今年で4年目/黄色が目にまぶしいズッキーニ

―植物そのものがインスピレーションの源になるということですね。実際には畑でどんな作物を育てているのですか。

小さな畑に多品種を育てていまして、毎年30種類ぐらいですね。定番はジャガイモとホウレンソウ、そしてトマトです。変わり種ではほうれん草の一種のスイスチャードや黒丸大根など。それからかつて巣鴨の地場野菜だった大根もつくりますね。ちなみに採れたてがすごく美味しいのがブロッコリーとカリフラワーです。すごく甘いんですよ。6月から8月にかけての時期は、収穫したものは必ず皆で料理をして食べています。また、お客さんを呼ぶイベントは昨年まで毎年開催してきました。同時期に、子どもたちによる野菜直売所もやっていまして、採れたて野菜を販売してタネや苗の購入費にわずかながら充てています。値段設定やお金のやりとりもすべて子どもたちに任せているんですが、なかなか売り上げもいいんですよ。子どもたちも年齢が上がるにつれて、育てるだけでなく売ることにも興味を持ち出す子もいまして。畑づくりだけに収まらず、売ることにも携わることで地域のひとたちとコミュニケーションをとるきっかけになっていますね。

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「グリグリ」直売所の様子。子どもたちの手によって直接野菜を売り買いする

―五十嵐さんのされていらっしゃる「グリグリ」でのコーディネート業務というのは具体的にどういう内容なのでしょうか。またどのようなことを意識されていらっしゃいますか?

そうですね。企画から始まり、準備や現場での進行に至るまで運営に携わることはほとんど関わっていますね。全体を見て、どんな方向に持っていったらいいかということを常に考えています。あとは個人個人参加の仕方やスタンスも違うので、メンバーの方に応じた対応や配慮を心がけています。メンバーは毎回変わっていくのでそのときによって雰囲気もバラバラです。ただ「グリグリ」自体はいつまでも変わらない部分と変わっていく部分とのどちらをも持ちつつ、風通しのよい場でありたいなと思っています。

―「グリグリ」プロジェクトのコーディネーターとしての仕事は全体を俯瞰することと、細部に気を配ること、この相反することのどちらもが必要になるかと思います。五十嵐さんご自身の絶妙なバランス感覚あってこそだと思うのですが、どのようなことを常に心がけていらっしゃいますか。

自分だけの趣向や、決まったメンバーだけで何かを決めるということはしないようにしていますね。また新しいメンバーが入るたびに、そのひとがどんなキャラクターなのかということをなるべく知るようにして、以前から集うメンバーたちのなかに気後れせず入っていけるよう配慮したりもしています。わたし自身、植物に関して幅広い知識があるわけではないので、植物に知識のあるアーティストの方に任せ、ずっとメンバーのようすを見ながら、どうつなげようか、どう声をかけていこうかなど考えています。そのこと自体、まったく苦ではないのでこの仕事は本当に自分に合っているんだなと思います。

―子ども相手の仕事のなかで、大変だと感じたことはありますか。

やはり校庭のような広い場所だと走りまわりたいという衝動を抑えきれなくなる子もいまして。活動中に木に登ったり、探検しにどこかに行ってしまったりする子もいるんです(笑)。最初は親の手前、なかなか怒ることができなくて、どう伝えたらいいか行き詰まってしまったこともありました。いろんなひとにオープンに相談してみてもそれぞれいろんな答えが返ってきて結局どうすればいいか分からなくなったり。結局のところ、ここはどういう場なのか、ということをきちんと認識してもらうことが大切なんだな、と思いました。こちら側で一方的にルールを決めてしまうと、それに合わないひとは来なくなってしまう。でも学校や職場ではなく、第三の場所である以上、そこに集うひとたちが心地よく過ごすために自分たちで自発的にルールをつくるということもこういった場では望まれることだと感じます。

―子どもたちにとって、自由な発想ができるだけでなく、皆が心地よく過ごせるようルールも自分たちで決めていく、というのはとても大切なことですね。最後におたずねしますが、五十嵐さん自身、子どもが早い時期からアート活動に携わるということはどんなメリットがあると感じていらっしゃいますか。

アートが何かということを頭で考えないうちからアートに出会えるのがメリットだと思っています。子どもの感性は非常にピュアですから、急に突拍子もないことを思いついてそのままものをつくった結果、家庭や学校では適当にあしらわれてしまうこともありがちですよね。でもその自由な発想を、大人がそれいいね、と言ってあげることがその子にとって自信になると思いますし、将来の方向性につながる可能性を持つものなのではないかと思っています。表現するのが苦手な子でも、発信するものをわたしたちが細やかに感じとってポジティブに受け止めることができたら、可能性を広げるきっかけになるとも思いますし。アートという概念なしに自由な表現ができる、というのが子どもの時期に必要な体験なのではないかと思います。

インタビュー・文 杉森有記
2014年8月8日 skypeにて取材

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五十嵐洋子(いがらし・ようこ)
東京都生まれ。2003年より東京都豊島区西巣鴨にあるNPO法人「芸術家と子どもたち」のスタッフとして活動に参入。2006年に京都造形芸術大学通信教育部空間演出デザインコースに入学。グリーンとアートをテーマにした子ども向けの地域交流型アートプロジェクト“Greeting Green”のコーディネーターとして活動を続けている。

NPO法人「芸術家と子どもたち」
http://www.children-art.net

杉森有記(すぎもり・ゆき)
1979年福井県生まれ。同志社大学文学部美学及び芸術学専攻卒業。美術館学芸員、雑誌編集者を経て、アートやローカルカルチャーに関するライターとして活動を行う。