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アネモメトリ -風の手帖-

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#73

時代を生き抜くレースの伝統
― ベルギー ブルージュ

ベルギーの首都ブリュッセルから電車で1時間ほど。中世の街並みが残るブルージュは、古くからレースの街として知られています。ここでは今でも手作業でレースが編まれていて、土産物屋でもたくさんのレース商品を目にすることができます。
ブルージュで作られるレースは16世紀にイタリアから伝えられたボビンレースという種類のもので、たくさんのボビンと針を使って繊細な模様を編んでいきます。当時大きな権力を持っていた教会では儀式に多くのレースが必要だったため、一大産業としてレース作りがこの地で盛んになりました。また貴族の間では、自分のためだけにデザインされたレースを身につけることが一種のトレンドとなりました。
権力を後ろ盾に大きく発展したレース産業を支えたのは、低賃金で働く女性の職人たちでした。非常に繊細で複雑なパターンが多いブルージュのレースは、ひとつのパターンを習得するのにとても長い時間がかかるため、多くの職人はひとつのパターンを覚えるとひたすら同じものを作っていたそうです。
産業革命を経て機械化が進み手作りレースの需要が少なくなっても、なぜブルージュのレースが消えなかったのか。それは低賃金であっても「物乞いをするよりはマシ」という女性たちが生活の糧としてレースを編み続けたためです。
それでも工業化の波には勝てず、手作りレースの需要は随分と低くなりました。その結果レースを語る文脈は「身につけることではなく作る過程を楽しむもの」へと変わりました。現在ブルージュのレースセンターでは伝統と技術を伝えるため、定期的にワークショップが開かれており、また実際に女性たちがレース編みをしている様子を見学できるデモンストレーションも公開されています。
ブルージュに住む日本人レース職人の女性は次のように訴えます。「伝統を守るだけでは廃れる。かといって流行りに乗ると陳腐になる。レースが生き残るためには精神を解放し、伝統と流行の折り合いをつけて全く新しいものを生み出す必要があると思います」
生活の糧から人々の趣味や土産物としてその文脈を変えたレース。この先どのような解釈をもって受け継がれていくのかを見守っていきたいと思います。

(佐谷由希子)

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