アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#38
2016.02

「伝える言葉」をさぐる「ただようまなびや」の取り組み

前編 福島・郡山から、古川日出男の発信
3)きれいな字とは それぞれの「ヴォイス」

3人のディスカッションで興味を引いたトピックに、書家の華雪が取り上げた字の「きれい」の問題がある。
字にしろ、容姿、ファッション、アートにしろ、「きれい」の判断基準を我々は他者がつくった既存のもの、社会で流通しているものに頼りがちである。だが何が自分にとって「きれい」なのか、価値があるのかは、それとは別のところから来ているのを、幼いころ、書の先生から指導を受けた華雪の経験が伝える。
「先生がわたしの筆を、後ろから持つんですよ。書いているのはわたしだけれど、筆を持つ先生にも書くリズムがある。時々先生とわたしのリズムがずれるときがあって、そうするとぐって引っぱられる。その全然違うリズムにわたしはものすごくびっくりしたんです。同じものを書いているのに、わたしとは違うリズムのひとがいるんだと、はっきり認識したんです。おそらくこの認識はすごく大事なことで、わたしと違うリズム、ここでいうとヴォイスがある、生きている。みんな違う。小説もそうでしょうが、書もすごくフィジカルなものを持っています。
わたしがやっているワークショップで、「美しい字」「きれいな字」とは何ですかということを、もっぱらテーマにしているんです。そう問いかけるとみんなけっこう言葉に詰まるんです。「美しい字」って具体的にどんなものをイメージしているかって聞くと、ああ、それはちょっと……と出てこない。でも、自分の字は嫌いとおっしゃる方がすごく多くいる。
きれいな字というのは、実はけっこう理屈に則って書かれている。つまり人工的に設計されているので、ポイントをつかんで練習すれば誰でもある程度書けるようになる。均等、垂直、平衡といったバランスを整えて書けばきれいに見える。
たとえば活字ができる以前、多くの人々にとって、良い、「きれいな字」の感覚は今とは異なっていました。話は中国の大昔の時代まで遡ります。当時大流行した書があって、みんながその字を真似た。今、書を知らないひとにその字を見せると、すごい歪んでいますねという感想が出てくる。
この話を知って考えたのは、人間は身体そのものが歪んでいる。歪んでいる身体が字に出るんですよ。その字から、そのひとを感じる。つまり昔良いとされていた字は、書いたひとの何らかを感じさせるかどうかで評価されたんです」。

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(下)句読点が話題となっていたとき、華雪が取り出したのは日本の統治下にあった時期に韓国の詩人が日本語で書いた詩。句読点がない

(下)句読点が話題となっていたとき、華雪が取り出したのは日本の統治下にあった時期に韓国の詩人が日本語で書いた詩。句読点がない