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アネモメトリ -風の手帖-

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#38
2016.02

「伝える言葉」をさぐる「ただようまなびや」の取り組み

前編 福島・郡山から、古川日出男の発信
7)喚起され、揺さぶられる「何か」

自身の声と物語で華雪を喚起させたが、古川もまたセッションで腐心していた。ふだんは単独での朗読であるのが、異なる表現を手がける人間との共同作業では勝手が違った。
だがそれは、彼に新たな刺激を与えたとも捉えられる。全員の聴覚と視覚が先鋭化する空間で、古川のなかでいまだ眠っていた何かを揺り動かした、そんな気がした。
最初の朗読を終え、安堵した表情で古川は口を開いた。
「「ただようまなびや」では朗読はしたくなかったんだけど(笑)。なんていうのかな、自分の身体がヘンになるんですよ。いろいろなものに反応しちゃう。読む順番と書く順番が交互になったり、最初の構想とは全然違うことになって……。読み始めようと思っても、読めないのね。俺、本を開いて、こう読めって言われても読めないんだよ。そう思って、(華雪を)見ていたら、筆を取っちゃってね(笑)」。
書の途中で、華雪は何度か筆を変えた。筆を選ぶことは書こうとするイメージの手ざわりを確かめるうえで大事なことと華雪は話すが、彼女のようすを見て古川もそのうちの一本を手にした(華雪はその筆を使うつもりだった)。心が落ち着いたのか、するとようやく自分の書いた文章を読むことができたと言う。
「筆を手に持ったら、すぐ読めた。何か自分でもびっくりした。さっき楽器になりたくない、もっと深めたほうがいいと華雪さんが言ってたけど、だからって許してくれてるわけじゃない。(華雪が)視界に入ると、やっぱり書いている気配はすごくて、異様な感じがするね(笑)」。
すっかり嗄れた声でそう話す古川だが、開校宣言で自ら示した「あ」という文字を、セッションで華雪が最後に書いたように、講師たちが期待以上の成果をしていることに喜びを隠せない。
「今朝の朝礼で、俺、何をしゃべろうかわからなくて、こんなことをしたいって言ったら、次から次へと先生方が応えてくれて。このひとたちのクレバーさは何なんだろう、と感動した。「あ」がここに戻ってくる。「あ」の立ち上がりで、現実が元に戻ってくる。(感動のあまり)もう帰ろうかな、しゃべれねえじゃん、俺とか思った。まあ、筆を勝手に奪っちゃったのはすごい失礼なことをしてるとわかったんですが(笑)」。
セッションを終え、次第に緊張が和らいでいく教室で、ふたりの講師はその場を目撃した受講生たちに感想を求めた。

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