アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#37
2016.01

生きやすい世界をつくるためのアート

後編 「しくみ」づくりと「ネオ民藝」運動
2)ものの価値を問い直すしくみ サイネンショー1

一汁一菜の器プロジェクトを通して、松井さんは器の力を実感していた。そこからさらに広がって、東北の手仕事の文化を思い、またエネルギーや消費の循環などについても、あらためて考え及ぶようになっていた。
そうして生まれたプロジェクトが「サイネンショー」である。器を新たにつくりだすのではなく、使われなくなった、あるいは使われることのなかった器を窯で焼き直してアート作品とするものだ。
「サイネンショー」は「再燃焼」からきた名称だと思うけれど、ショーとつくことで何やら楽しい気配があるし、関西に居れば「さいですねん」というコテコテの大阪ことばが思い浮かびもする。何かありそう、面白そうと思わせる絶妙のネーミングそのままに、発想はシンプルかつユニークである。
きっかけは一汁一菜の器セットを購入した方から、不要になった器を引き取ってもらえないかという依頼だった。そこからまずは家庭で使われなくなった器の回収を掲げ、集めるところから始めた。料亭の器や結婚式の引き出物、キャラクターが描かれたノベルティーから百均商品まで、回収された器はおよそ3,000点。これらを窯に入れ、約1,350℃の高温で、丸2日から2日半かけて焼き直していった。
こう説明すると、器のリサイクル、リユースと思われてしまうかもしれないが、そうではない。

——サイネンショーはリサイクルじゃないんです。集まった器はみんな、捨てるに捨てられなかったものです。思い出があって大切だったけど今は不要とか、使わないけど捨てるのはもったいないとか。つまりは、捨てられないものをいかにアウフヘーベン(*)するかということなんです。その器が発揮できなかった能力を、窯でもう1回引き出すんですよ。

(*)ドイツの哲学者ヘーゲルの弁証法における根本的な概念。あるものをそのものとしては否定しながら、さらに高い段階で生かすこと。昇華。

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IMG_5685 「サイネンショー」された器たちは、思いもよらないすがた、かたちで窯から出てくる。絵柄が溶け流れてしまったり、ほとんど消えかけたもの。ヒビが入ったり、割れたり欠けたりしたもの。空気が入って盛り上がったり、焼くときの台や重ねた器と一体化して、かたちが変わってしまったもの……。それぞれの元の価値に関係なく、焼く時の状況によって、偶然の変化が起こるのだ。
それは器の生まれ変わりのようでもある。器に残る使い手の痕跡はぼんやりと曖昧になる一方で、一度も使われなかった家庭内デッドストックは、変化を経てその存在を新たに主張し始めたようにも見える。

——その器が持ってた能力以上のものが出てくるから、面白いものになるんだと思うんです。明治時代の空気が泡になって出てきたりとか、ごまかしてつくったもののヒビが見えてきたりとか、過去に隠されたものを暴き出すっていうのがサイネンショーの面白いところ。でも、過去はすべて美しいんですよ。どんな悲劇も喜劇も同等で、物語となれば美しくなる。僕はその平等が好いんです。だから、いい器を焼いたらよくなるとか、悪い器を焼いたら悪くなるわけでもない。みんな平等によくなる。
見えない価値が見えるようになる、あるいはどこかに見える価値があるはずだというのがサイネンショーだと思うし、今たどり着いてる境地です。

器を見ながら、「サイネン」具合はそれぞれ工夫している。窯に並べるときは火の強さを考慮して配列するし、焼き方も釉薬をかけずにそのままだったり、半分だけ釉薬をかけたり、溶けるまで何度も窯焚きするなど、完成するまでの手法や時間はさまざまだ。そうして、隠されていた何かがあらわになり、ものの価値とは何なのか、わたしたちは考えさせられることになる。
ともあれ、サイネンショーで生まれ変わったものたちは不思議な魅力を放っている。そのものに流れてきた時間や刻まれたが引き出され、想像力がかきたてられる。骨董に近い味わいかもしれないが、骨董のように価値体系が決まっているものとは真逆である。松井さんにとっては「かっこよさ」の程度の差はあっても、それがそのまま価値に結びついているわけではない。

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「サイネンショー」プロジェクトは2013年に始められた。久美浜での展示会を皮切りに、京都のMATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w、金沢21世紀美術館など、各地のマルチスペースやギャラリーなどで展示され、器をつかった晩餐会なども催されてきた。展覧会で作品を販売した収益で東北の手仕事支援をしている。写真は「Sainen Show」MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w (2014年10月)より 撮影:表恒匡

「サイネンショー」プロジェクトは2013年に始められた。久美浜での展示会を皮切りに、京都のMATSUO MEGUMI+VOICE GALLERY pfs/w、金沢21世紀美術館など、各地のマルチスペースやギャラリーなどで展示され、器をつかった晩餐会なども催されてきた。展覧会で作品を販売した収益で東北の手仕事支援をしている。写真は「Sainen Show」MATSUO MEGUMI + VOICE GALLERY pfs/w (2014年10月)より
(撮影:表恒匡)