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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#39
2016.03

「伝える言葉」をさぐる 「ただようまなびや」の取り組み

後編 想像力を引き出すために

先月号に引き続き、小説家古川日出男の主宰する言葉の学校「ただようまなびや」を取り上げる。東日本大震災ののち、自分の言葉をもち、伝えることの難しさを痛感した古川は、仲間たちとともに、故郷の福島・郡山をベースに学校を始めた。学校といっても、年に1、2回、それぞれ二日間ほどの試みだが、古川は全力で“言葉”を探りつづけている。後編にあたる今回は、古川のインタビューを中心に、2015年の「ただようまなびや」の2日間を振り返ってみた。

心に宿るものは、自分たちの言葉でつくる

「ただようまなびや」の2日目の朝、待ち合わせた郡山市内にあるホテルのロビーで、彼はテーブルを挟んで腰を下ろした。主催者と学校長という重責や、華雪とのワークショップを始めとしいくつかの授業を担当したからか、その表情にはやや前日からの疲れが残っている。
8年ぶりの再会。そう話すと、置き忘れたものを差し出されたかのように、彼はしみじみと答えた。
「震災前のことって遠いですね、やっぱり」
現在との距離があまりに隔たってしまったその言葉だけでも、東北での震災が起こって以来の経験が、古川日出男にもたらしたものの大きさがわかる。
前日の華雪とのワークショップで印象に残ったのが、参加者たちと古川による朗読の“合唱”であった。先ごろ読売文学賞も受賞した、古川による長編小説『女たち三百人の裏切りの書』は紫式部が過去からよみがえる話だが、作者と参加者たちが同時、あるいは段落ごとに交互に読むと、(いにしえ) の世界がその場で再現される感覚に見舞われた。
そのとき、古川が「ただようまなびや」で目指すのはこれなのだろう、とふと思った。
紫式部と『源氏物語』、そしてこの人物と物語が生存した平安の世も、手つかずの状態で放置されれば、移りゆく歴史のなかで埋もれてしまう。けれどその時代の人々が、フィクションであるか否かにかかわらず、遠い昔にそうした人間、あるいは社会や出来事が存在したことを実感し、新たな記憶としてとどめるなら、過去は失われ生き続けられる、と。
2011年に東北で起こった震災も、同じことが言える。災害の規模や影響が巨大であるだけに、その直後はマスメディアを含めて、世間の関心は被災地やそこで暮らす人々に向けられた。
しかし時間の経過とともに、関心の度合いは次第に薄まってくる。ある意味でそれは必然かもしれないが、スピード感に価値を見出す今という時代にあって、記憶にとどまることなく、情報とともに我々の関心自体も消耗され、やがては消失しているようにも思える。古川たちの朗読に耳を澄ませながら、そこに言葉の表現という存在が関わっているのではないかと感じた。
我々の心に宿るものは、我々の言葉でつくっていくしかない。文法がめちゃくちゃで、拙い表現であってもいい。あるいは、一般的には言葉とすら見なされないかたちかもしれない。けれど、ほかの誰でもない自分が感じたものを、急がず、惑わされず、自身の言葉で見つけ出す。
「なんだかわかんないものを出そうとしている、それを了解してもらえたら、自分の言葉をしゃべれるのかなと思う」
初日のセッションでそう話した古川は、“わからないもの”の存在を震災直後に体感した。そして「ただようまなびや」におけるわからないものの探索は、2日目を迎えた。

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ただようまなびや 文学の学校
小説家古川日出男の呼びかけで、東日本大震災後に古川の出身地・郡山で始められたプロジェクト。“私たちがひとりひとりの言葉で発信していくために”開講される文学の学校。日常を離れて、物語る言葉、歌う言葉、外国語から訳される言葉、社会の成り立ちを分析しようと試みる言葉、そうした全部が「あなたの文学」である、とするもの。場所も開催時期も不特定で、講師も入れ替わる。また、誰でも無料で受講できる。2013年8月以来、今回で4回目。
http://www.tadayoumanabiya.com

第4回概要
日程:2015年11月28日(土)29日(日)
会場:郡山市民プラザ
テーマ:肉声、肉筆、そして本
講師:開沼博(社会学者)、華雪(書家)、川上未映子(小説家、詩人、ミュージシャン)、柴田元幸(翻訳家)、豊崎由美(書評家)、古川日出男(小説家、ただようまなびや学校長)、レアード・ハント(作家)/ ゲスト:三浦直之(劇作家)/ 作品展示アーティスト:大森克己(写真家)、宇川直宏(アーティスト)
入場料:無料

(プログラム)
11月28日(土)
ディスカッション「耳と目と口と手のために」(川上未映子+華雪+古川日出男)、レクチャー「小説の声に耳を澄ませてみる」(豊崎由美)、ワークショップ「ふくらむ言葉、物語」(川上未映子)、ワークショップ「小説を読む、訳す」(レアード・ハント+柴田元幸)、ワークショップ「歴史年表をつくる」(開沼博)、ワークショップ「筆跡の声、声の波紋(華雪+古川日出男)、ディスカッション「本とのいろいろな関わり」(柴田元幸+開沼博+豊崎由美)


11月29日(日)
ワークショップ「批評を書いてみる」(開沼博)、ワークショップ「翻訳「文体練習」」(柴田元幸)、ワークショップ「エモーション・ブースター・プロジェクト」(古川日出男)、観劇付きワークショップ「小説の声に応えてみる」(豊崎由美 ゲスト・三浦直之)、ワークショップ「「息」を書く」(華雪)、ワークショップ「耳と目で読む「たけくらべ」」(川上未映子)、ワークショップ「英語で物語を書く」(レアード・ハント)、朗読とディスカッション「想像力はどう学べるか?」(川上未映子(朗読)+古川日出男(朗読・ディスカッション)+レアード・ハント(ディスカッション)+柴田元幸(司会)ほか)

作品展示
《#soundsandthings》(大森克己)
《UKAWA’S TAGS FACTORY(完結編)1000 Counterfeit Autograph !!!!!!!!!! + 77 Spiritualists Possession》(宇川直宏)

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古川日出男(ふるかわ・ひでお)
1966年福島生まれ。小説家、ただようまなびや学校長。代表作に、おびただしい数の軍用犬たちが20世紀の地球全土を駆けめぐる『ベルカ、吠えないのか?』(文春文庫)、東北6県の数百年間の歴史をある一族のファミリー・ヒストリーを追いながら描き出す『聖家族』(新潮文庫)、前世紀末の東京でのテロ事件に手向けられた異様な鎮魂曲『南無ロックンロール二十一部経』(河出書房新社)、「源氏物語」を紫式部の怨霊が語り直すという平安末期小説『女たち三百人の裏切りの書』(新潮社)など。2016年3月には『あるいは修羅の十億年』(集英社)を刊行。2011年からは柴田元幸らと朗読劇「銀河鉄道の夜」を制作して国内を回り、そのドキュメンタリー映画『ほんとうのうた』も上映された。