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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#30
2015.06

「一点もの的手づくり」の今

前編 行司千絵さんの服と手芸
1)着たい服を自分でつくる

行司さんはもともと、洋服が好きなひとだ。お給料のそれなりを費やして、さまざまなテイストの服にトライして楽しんでいたが、30代の半ばにさしかかり、似合う服が減ったと感じられるようになった。

——服はなんでも好きなんですよね。スポーツテイストからハイブランド系まで好きなので、ほんとに節操ないんです。
でも、30代半ばを過ぎると、着るものが難しくなってきたんですね。ちょっと体型も変わってくるじゃないですか。いいなと思うものは高級ブランドだったりして買えないし、流行りの服にもついていけない。
そんなころ、『花様年華』という映画を観たんです。主演のマギー・チャンのチャイナドレスがすごく好きで素敵と思って、その足で映画館近くの手芸屋さんでアメリカンコットンの布を買って、チャイナドレス風ワンピースを見よう見まねでつくったんです。できあがりはくちゃくちゃだったんですけど、つくるのが楽しかったんですね。

何を着たらいいのか迷い始めたころの、素敵だと思う服との出会い。『花様年華』は1960年代の香港を舞台にしたウォン・カーウァイ監督の作品で、マギー・チャンが着こなす数々のチャイナドレスが印象に残る。花模様などのプリントが美しく、襟の高い60年代のスタイルで、今からすればアンティークにあたる。
チャイナドレスが着たいと思ったとき、選択肢はいくつかあったと思う。香港などでオーダーメイドするか、古着を扱うヴィンテージショップなどで探すか、あるいは行司さんのように自分でつくるか。チャイナドレスはからだにフィットさせなくてはならず、自分でつくるという選択は、なかなかの冒険だと思う。さらに行司さんの場合、昔から手芸をしてきたとはいえ、服を縫った経験は一度もなかった。

——小さいころはかばんをつくったり、刺繍したり、お人形をつくったり。編み物もしてました。ちょこちょこつくるのが好きだったんです。ただ、高校入るまではしてたんですけど、高校でも大学でもしなくて、会社員になっても手を動かしてなかったですから、何もしてない時間は長かったです。
服については、一緒に暮らす母が洋裁の本などを持っていて、子どものころは母が服をつくってくれたりしていたので、自分でつくれないとは思ってなくて。ただ、自分の技術ではつくれないのもわかってました。着たい服がないと思うようになったくらいから、仕事の合間などに手芸屋さんをちらちら見てて、この布かわいいな、この布でこんなものをつくりたいと考えたりしてましたけど、買ってもつくらないでそのままになるに違いないと思って、ずっと気持ちを抑えていました。

長らく離れていたとはいえ、そして服を縫ったことがなかったとはいえ、手芸が好きで、手を動かしていた記憶があったこと。そして、家が洋裁に親しむ環境にあったこと。行司さんにとって、着たい服が少なくなってきたころには、「服をつくる」のはそんな遠いことではなく、かなり現実的だったのだ。
仕上がりは“がちゃがちゃ”で、少々難はあったけれど、見よう見まねでチャイナドレスのようなワンピースをつくった行司さんは、自分で好きな服をかたちにできたことがとてもうれしく、その後もさまざまな服をつくっていった。型紙は自分で引けないから、洋裁の本の型紙などを使って、必要に応じてアレンジする。布もよく見るようになって、東京のインテリアショップなどにも出かけていき、インテリア用の布を巻きスカートにするなど、自分流の服づくりに夢中になったのだった。

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リボンリネンのワンピース。複数の型紙を組み合わせてつくった。身ごろの部分は薄紫色のはぎれで、ベージュ色のリネンをスカート部分に使い、ウイーンの手芸店で買ったリボンでつなげた

リボンリネンのワンピース。複数の型紙を組み合わせてつくった。身ごろの部分は薄紫色のはぎれで、ベージュ色のリネンをスカート部分に使い、ウイーンの手芸店で買ったリボンでつなげた

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大人っぽいカシュクールワンピース。グレーのリネン生地が足りず、白の木綿と組み合わせた。縞のリボンはスウェーデン製。差し色のリボンの紫が映える。行司さんの服にはリボンがよく使ってある

大人っぽいカシュクールワンピース。グレーのリネン生地が足りず、白の木綿と組み合わせた。縞のリボンはスウェーデン製。差し色のリボンの紫が映える。行司さんの服にはリボンがよく使ってある

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カーテン生地を使ったブラウス。オフホワイトのサテンの裾がアクセント。「年配の男性には、それカーテンやろ、って言われます(笑)」

カーテン生地を使ったブラウス。オフホワイトのサテンの裾がアクセント。「年配の男性には、それカーテンやろ、って言われます(笑)」