アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#28
2015.04

奥能登の知恵と行事 息づく豊かさ

前編 土地に根ざした学びの場、まるやま組の活動から
6)まるやま組流「みんなのアエノコト」

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準備の数々。(上から順に)ハゼとよばれるサイコロ状に切ったかき餅。「伝統ではないけれど、おなじくハゼとよばれる玄米を混ぜあわせたものが供物に使われている祭りもあるし、ぱちぱちとはぜる音が縁起がいいので細かく切り分けてお供えにします」(ゆきさん) / 朝から蒸籠で蒸し上げるお供えの赤飯は、畦で栽培した小豆、集落のおじいちゃんが育てた大粒の栗、餅米も水もすべて地元尽くし / 今年の米づくりに使う種もみ。田の神様が宿るという / 料理を盛りつける笹の葉や箸を食べた後に腐らないように事前に水に浸す

準備の数々。(上から順に)ハゼとよばれるサイコロ状に切ったかき餅。「伝統ではないけれど、おなじくハゼとよばれる玄米を混ぜあわせたものが供物に使われている祭りもあるし、ぱちぱちとはぜる音が縁起がいいので細かく切り分けてお供えにします」(ゆきさん) / 朝から蒸籠で蒸し上げるお供えの赤飯は、畦で栽培した小豆、集落のおじいちゃんが育てた大粒の栗、餅米も水もすべて地元尽くし / 今年の米づくりに使う種もみ。田の神様が宿るという / 料理を盛りつける笹の葉や箸を食べた後に腐らないように事前に水に浸す

「1年かけて、アエノコトの用意をしている気がします」。アエノコトの準備に立ち会い、ゆきさんの言葉に合点がいった。
ワラビやゼンマイの塩漬け、鯖を糠(ぬか))に漬ける能登の糠(こんか)漬け、軒先につるして寒晒しにしていた柚餅子や寒の餅など、ゆきさんがいずれも旬のタイミングで仕込んだ保存食がお供えとなる。

——春先の山菜採りはつい夢中になるけれど、すぐ処理しないといけないので、採り過ぎると夜中までかかってしまう。自分の身の丈に合った量があるし、それがわかれば採り過ぎることもない。「もったいない」という言葉が流行語にもなりましたが、ここに暮らしているとその意味を実感します。

当日は、参加者も思い思いにご馳走を持ち寄り、漆塗りのお膳にお供えが並べられる。まるやまで採集した植物や昆虫の標本、収穫した雑穀や豆、できたばかりの「あぜ豆醤油」、参加者がつくったお米やお酒なども感謝を込めて供えられ、まるやま組が過ごした豊かな時間が伝わってくる。

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(上)その日の朝に神主の細川一郎さんが集落から取って来た榊を剪定し設しつらえる(下)田んぼに神さまをお送りするときに使う塩やお神酒を入れるためにつくった荷俵にどら。能登の朝市で使われているガマの穂のかごを集落のおじいちゃんにこぶりなサイズでつくってもらった

(上)その日の朝に神主の細川一郎さんが集落から取って来た榊を剪定し設(しつらえ)る(下)田んぼに神さまをお送りするときに使う塩やお神酒を入れるためにつくった荷俵(にどら)。能登の朝市で使われているガマの穂のかごを集落のおじいちゃんにこぶりなサイズでつくってもらった

集落のしきたりに習い、まずは家の主人が代表して、田の神様に感謝の気持ちを伝え、新しい年の豊穣を祈願する。例年は農家の新井さん、今年は代理で伊藤浩二先生が担当。続いて、榊を依り代にして、子どもたちの手で田の神様にお風呂に浸かっていただき、ご馳走でもてなして、田んぼまでお送りする。
参加者それぞれも手に小さな依り代を持ち、田んぼの神様と一緒に雪が残る道を歩く。清らかな雪解け水が川へ流れ出し、畦)には蕗の薹(ふきのとう))。春はもうすぐそこだ。「まるやま」のすぐそばにある、新井さんの田んぼに鍬を入れ、二礼二拍手一礼し、「めでたいな」と3回となえる。「めでたいな」とは、春を祝う「めでたいな」であり、「すこやかに芽が出ますように」という思いを込めた「芽出たいな」でもある。
最後は小さな依り代を集めて雪のうえで焚き上げる。そのようすが、なんとも美しい。新たな1年に向けて、気持ちを新たにする、清々しいひとときだ。

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(上から)まるやま組流の「アエノコト」の設(しつら)えは、昆虫標本や植物標本、当日の参加者が持ち寄ったお酒など個性豊かだ / 萩野家主人の紀一郎さんと伊藤先生が代表して豊穣祈願の挨拶を行う / 田の神様をお風呂に入れてあげるのは子どもたちの役目。目が見えない神様のために語りかけながら誘導する / 日ごろお米を食べているみんなで田んぼに向かって柏手を打つ

(上から)まるやま組流の「アエノコト」の設(しつら)えは、昆虫標本や植物標本、当日の参加者が持ち寄ったお酒など個性豊かだ / 萩野家主人の紀一郎さんと伊藤先生が代表して豊穣祈願の挨拶を行う / 田の神様をお風呂に入れてあげるのは子どもたちの役目。目が見えない神様のために語りかけながら誘導する / 日ごろお米を食べているみんなで田んぼに向かって柏手を打つ

(写真提供:まるやま組)

(写真提供:まるやま組)

まるやま組の依り代は、毎年1年間のモニタリングで観察できた植物や生物の総覧を小さな文字で記載し、土地の多様性の全体像を表現している。表紙の数は観察総数で、378、395、419、そして今年は423と、年々増えている。参加したひとりひとりの願いを依り代に託し田んぼの畦で炊き上げて、アエノコトの一連の祭礼は終わる

まるやま組の依り代は、毎年1年間のモニタリングで観察できた植物や生物の総覧を小さな文字で記載し、土地の多様性の全体像を表現している。表紙の数は観察総数で、378、395、419、そして今年は423と、年々増えている。参加した一人一人の願いを依り代に託し田んぼの畦で炊き上げて、アエノコトの一連の祭礼は終わる

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北陸では定番の和菓子「辻占」に依って、まるやまの言葉が包まれている(写真提供:2点とも、まるやま組)

北陸では定番の和菓子「辻占」に依って、まるやまの言葉が包まれている(写真提供:2点とも、まるやま組)

田んぼから帰ったら、みんなで田の神様の御膳のお下がりをいただく。植物生態学の先生や水生昆虫の研究者、民俗学者、集落の農家の方、珠洲や輪島に暮らす子ども連れのお母さんたち、神主さんや住職さん、紀一郎さんの建築事務所「萩野アトリエ」のスタッフ、前日の準備から参加していた鳥取大学地域学部の学生たち……。老若男女が集う本当に多彩な顔ぶれだ。ふだん接点のない者同士もご馳走を囲み、打ち解けて語らう。準備を手伝ったり、ご馳走をつくったり、それぞれができることで場をつくっているからだろうか、初対面同士でも、年代が違っても自然と親しみがわく。
一人一人に配った小さな依り代は、「まるやま」を調査して見つけた植物やいきものの名前を綴った和紙で榊が包まれる。畦で育てた小豆でつくった餡(あん)は、占い入りの米粒のかたちの最中に好きに詰めて食べてもらう……。アエノコトでもまるやま組流のアイデアやデザインが集まるひとを楽しませ、なごませる。
昔ながらの形式にただこだわるのではなく、そこにある気持ちを、自分たちらしいかたちで受け継ぐ。年齢や職種といった垣根なく場を共にすることで、共にできることが見えてくる。ゆるやかであたたかな集まりだけれど、そこにはたくさんの気づきや学びがある。

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(上2点)それぞれの持ち寄ったお手製料理や土地の食べ物がオープンキッチンを彩る。能登ヒバの間伐材でつくったパレット型のプレートに裏山で採った笹を敷き、季節の色を置くように盛りつける

(上2点)それぞれの持ち寄ったお手製料理や土地の食べ物がオープンキッチンを彩る。能登ヒバの間伐材でつくったパレット型のプレートに裏山で採った笹を敷き、季節の色を置くように盛りつける