アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#28
2015.04

奥能登の知恵と行事 息づく豊かさ

前編 土地に根ざした学びの場、まるやま組の活動から
2)土地に根ざした暮らしの暦 口伝を書き留め、集落に返す

さまざまなひとが集まるまるやま組の活動を陰日向になって支え、知恵を授けてくれるのが、集落のおじいちゃんやおばあちゃんたちだ。昔ながらの栽培を復活させたまるやま組のあぜ豆づくりも、農耕儀礼「アエノコト」も知恵や手を借りて始まった。

——家の前を通るばあちゃんが、ある時期になると必ず持ち運ぶ枝があるんです。代わり映えしないいつもの風景だと思っていたのが、何年かしてふといつもこの時期だと気づいたんです。

ゆきさんが追いかけていって聞くと、その枝は「リョウブ」の枝だと教えてくれた。えんどう豆の支柱にするために、山から採ってくるという。豆の蔓が絡まるのに枝ぶりがちょうどよく、畑仕事が始まる前の早春にとっておく。少し前だと雪が残り、少し遅いと葉っぱがじゃまになる。枝を払うことは、山にとってもいい。自然にもひとにも無理がない、理に適った知恵だ。
口伝えでつづいている、里と山とのつながり。代わり映えしないいつもの景色ががらりと違って見えた。以来、ふしぎに思ったこと、わからないことがあれば、ゆきさんは臆することなく聞く。ワラビやゼンマイを漬ける塩加減、味噌を仕込むときのコツ……、家の前を通る集落のおじいちゃん、おばあちゃんをつかまえては尋ねる。集落のひとにとっても、「教えてほしい」という気持ちは、素直に嬉しいものだ。

——やたらと質問するので面食らっている面もあると思いますが(笑)。なかには「こういうのに興味があるんじゃない?」って、収穫したものや手づくりの道具を見せてくださる方もあるんです。

2014年にまるやま組がつくりあげた冊子、『まるやま本草』。
春を告げる植物、夏にする農作業、冬に仕込む保存食、集落のひとたちが家ごとのやり方で継承する農耕儀礼「アエノコト」……。ここには写真や絵と共に「まるやま」を巡る暮らしの暦が綴られている。

——今は一年中なんでも手に入るけれど、盛りのとき、旬のときって、実は1年のうちのほんの1週間くらい。その中で仕込むのに適した天候の、「今このとき」というのがある。集落のひとたちは今この季節に何をするべきか身体でわかっている。わたしはまだまだ経験が足りなくて、気づくのが一歩遅い。「今このとき」というタイミングを逃さないように、四季を通じて集落の1年の暮らしを書き留めた暦がほしかったんです。

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『まるやま本草』は2月から1月までを1年として、集落を中心に4キロ圏ほどを範囲として、身近な植物やいきものを時間軸にとり、季節の生業や行事を記録した暮らしの暦がまとめられている(写真提供:2点とも、まるやま組)

『まるやま本草』は2月から1月までを1年として、集落を中心に4キロ圏ほどを範囲として、身近な植物やいきものを時間軸にとり、季節の生業や行事を記録した暮らしの暦がまとめられている(写真提供:2点とも、まるやま組)

まるやま組の活動を通して、日々のなかで、ていねいに拾い集めたものを凝縮したこの一冊は、惜しみなく知恵を授けてくれる、地元のおじいちゃん、おばあちゃんへの、感謝のかたちでもある。

——集落のひとにとっては代々あたりまえにやってきたことかもしれないけれど、そこに価値があるということを伝えたくて。恩返しの意味も込めて、地元の小学校や図書館、そして集落全戸に配布しました。『まるやま本草』を気に入って置いてくださっている美容室があるのですが、ふと手に取った方が、「懐かしい、子どものころを思い出した」って感激してくださったり……。ここで生まれ育った子どもたちにも誇りに思ってもらえたら嬉しい。わたしたちだけがもらいっぱなしじゃなくて、もらった知恵を集落に返し、知らない世代に伝えていくことも大事だと思っています。
『まるやま本草』が配架された図書館の司書の方が意を汲んで、なんと国会図書館にまで寄贈されたという。聞くことでたくさんの知恵を授かり、伝えることで感謝として返す。思い合う気持ちがあってこそ、結びつきが生まれるのだ。

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(上)ゆきさんが集落のおばあちゃんから教わりながら漬けている発酵食品の数々(下)直接長靴で出入りできる萩野家の土間には集落の藁細工や乾燥・発酵食品が保管され、オープンキッチンでも泥付き野菜の下ごしらえなどで大活躍

(上)ゆきさんが集落のおばあちゃんから教わりながら漬けている発酵食品の数々(下)直接長靴で出入りできる萩野家の土間には集落の藁細工や乾燥・発酵食品が保管され、オープンキッチンでも泥付き野菜の下ごしらえなどで大活躍