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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#27
2015.03

とつとつとした点描−美術家・伊達伸明さんの仕事

後編 細馬宏通さん、福永信さんとの対話
1)組み立て直すことの面白さ 細馬宏通との対話1

まずは、伊達さんと細馬さんとの対話から。ことばがことばを呼ぶ、想像力の強さに裏打ちされたフットワークの軽い言葉のやりとりを見ていこう。
(伊達伸明&細馬宏通|2014年12月26日収録、場所:アイタルガボン、京都)

伊達 昔、電柱の傷が見たくて電柱の防護板の写真ばっかり集めていたんです。今回10年ぶりくらいに、とある書籍の企画のためにそれを引っ張り出してきました。かつては京都じゅうの電柱の痕跡をチェックしようと思っていたのですが、今回はある特定エリアの電柱だけを見ることにした。そうして、それらを地図に落とし込んでみました。
元ネタは諸星大二郎の漫画「ユニコーン狩り」(註:1993年刊行『不安の立像』収録)ですね。電柱の傷はユニコーンがつけたものと信じて、そのユニコーンを探して捕まえることを生涯の目標にする老博士と、その博士に出会ってしまった娘さんの話です。

細馬 これいいですね。複数の車が防護板に痕跡を残している。動物のマーキングみたい。「ユニコーン狩り」のイメージを借りると、この電柱の向こう側に、老博士が追いかけているさまざまな車の存在が感じられる。

伊達 興味を持ったときは、「いろんな色があるな」と思ったんです。よくこんなに擦るもんだなと。

細馬 ある車の色が別の車に付くこともありそうだな。車から車へ、塗料が伝播する場所だと思っても面白い。

伊達 奥まっていて車が擦らなかったりで、見所のある電柱は限られていますね。それを地図に落とし込んでみたら、ユニコーンが現れたっていう設定です。

細馬 ユニコーン座。そういえば一角獣座ってありますよね。

伊達 はい。でも全然それを思わせない。すごい強引な星のつなげ方をしてます。

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諸星大二郎「ユニコーン狩り」より(『不安の立像』(集英社クリエイティブ)より引用) / 伊達さん作の「一角獣座」。「ユニコーン狩り」の博士のように、京都のまちなかで電柱のこすれ跡を訪ね歩き、像を結ぶと奇しくもこのような星座が出現した

諸星大二郎「ユニコーン狩り」より(『不安の立像』(集英社クリエイティブ)より引用) / 伊達さん作の「一角獣座」。「ユニコーン狩り」の博士のように、京都のまちなかで電柱のこすれ跡を訪ね歩き、像を結ぶと奇しくもこのような星座が出現した

細馬 ところで伊達さんがウクレレをつくり始めたきっかけはどういうものだったんですか。

伊達 それまでやってきたいろいろな活動が結びつくようなかたちで始めました。国立民族学博物館にあるような楽器のかたちのバリエーションにときめいて、ウクレレの前にもオリジナルの楽器をつくっていたんです。一番最初につくったのは流体力学の本からイメージを取りました。水を張ったなかで円筒を振動させるとできる「カルマン渦」のかたちをそのまま楽器にしたんです。

細馬 カルマン渦って複雑なかたちなんだけど、単純に物理的な現象を再現して楽器をつくった、っていうわけではないですよね。そこがまずちょっと変わっている。

伊達 絵としてしか見ていないんです。何かにつけてそうで、レレレのおじさんの顔が楽器になるとか。目をくりぬいてサウンドホールにするんですが……。

細馬 ふつうは口の側から胴体を生やしてネックをつくると思うんですよ。レレレのおじさんがほうきを持っているとか、足がバタバタなっているとか。ところが、これは頭の側からネックが生えていて、おじさんの身体的機能はほぼ省略されている。唯一「レレレ」の手だけは生きている。それが心憎い。これは言ってみれば頭に手を「レレレ」ってやるときの軌跡ですよね。それがそのままウクレレの一部として記録されている。カルマン渦のウクレレも、初めからこういうかたちがあったというより、ある振動が起こると波動が起こり、その軌跡が積分されたものを空間に落とし込んだらこういうかたちが現れた。これは電柱の話とつながるね。車が擦った痕はそれぞれひとつの出来事だけど、それが積分され、空間に落とし込まれたときに違うかたちになる。

伊達 時間の厚みのなかに、ある点だけとらえるといったんは見え方や意味性が分断されるんだけれど、別の時間軸に放り込んだりして組み立て直したときに意外な良い効果が出たりする。何種類かの偶然のルールによって復活するということもある。そうなったら「しめしめ」っていう感じ。

水中で振動させた円柱の両側にできるカルマン渦(左)と、それにヒントを得た伊達さん作の「流紋琴」(右)。“誰もが「そのままやんけ」と思うことでしょう”と伊達さん(カルマン渦の写真は『流れのファンタジー ---写真がとらえた流体の世界』流れの可視化学会編(講談社ブルーバックス)より抜粋)

水中で振動させた円柱の両側にできるカルマン渦(左)と、それにヒントを得た伊達さん作の「流紋琴」(右)。“誰もが「そのままやんけ」と思うことでしょう”と伊達さん(カルマン渦の写真は『流れのファンタジー —写真がとらえた流体の世界』流れの可視化学会編(講談社ブルーバックス)より抜粋)