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アネモメトリ -風の手帖-

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#25
2015.01

工芸と三谷龍二

後編 生活工芸から、その先へ
1)言葉でも伝える

2004年、20周年記念である「素と形」展を終えると、「まつもとクラフトフェア」の運営から三谷さんはいったん身をひいた。このころ、出店希望者は700人を超え、来場者はすでに数万の単位であった。始めた当初からすれば、想像もつかないような大規模な催しであり、「素と形」展をきっかけに、質の高い作家たちが多く参加するようにもなった。そのいい時期に、今後、このフェアを長く続けていくためにも、若い運営メンバーへバトンタッチを考えなくてはならないと思ったからだ。地域ボランティアの活動は、設立メンバーが年をとってもずっとやり続ける場合が多い。でもそうすると尻つぼみに閉じていくことになるからだった。

21回目からは三谷さんはフェアに出品しないで、会場でフェアの現状をよく見ることに重きを置くような関わり方に変えていった。自分のこと、工芸ことを、少し客観的に、視野を広げて考えたいと思ったからだった。そして自身の言葉や作品を、本にまとめることを始めたのである。

2005 初めての本『木の匙』(新潮社)を刊行。ずっと本が好きで、いつか出せたら、と思いながらだったので、嬉しかった。

2007 『僕のいるところ』(主婦と生活社) 絵本でしかいえないことがある。

2008 『三谷龍二の木の器』(アトリエ・ヴィ) 作品カタログのような本になった。

2009 『遠くの町と手としごと』(アノニマ・スタジオ) 器の展覧会と同時に、本作りも平行して進めたいと思う。地域と自分を重ねあわせる旅でした。

2010 初めての絵画展(小川美術館)。絵も額も自分で作り、それまで別々にやってきたことが、ここでひとつに。出品作品を載せた本、『僕の生活散歩』(新潮社)も併せて上梓した。

Unknown

初めての著書『木の匙』は、とても美しい本である。ものごとをよく眺め、日々の実感から綴られる言葉が簡潔に記され、三谷さんのつくった器や道具たちが、生活のなかに心地よく収まった写真がともにある。何より、本全体から醸し出される空気は新鮮だった。静かで、たしかな存在感。素朴であたたかな生活が、ひたひたと伝わってくる。

書名のとおり、木の匙を撮影した表紙が書店に並ぶさまは鮮烈だった。三谷さんはすでに人気の作家だったが、本はより広く三谷さんが知られていくきっかけとなる。また、こののち、暮らしの道具をつくる人気作家たちの本がこぞって刊行されていくのだった。

日日の生活をていねいに、大切に。きちんとごはんをつくり、器や道具もふさわしいものを用い、手間ひまを惜しまない。そんなライフスタイルを好もしく思い、実践するひとが目に見えて広がっていった。その中心は、いわゆる「暮らし系」のひとたちで、三谷さんのファンの多くもそこに当てはまる。ただし、三谷さんの実感は、ひとの暮らしの原点までさかのぼって生活を捉え、培ってきたものだから、「ていねいに暮らす」といっても、単なる素敵な暮らし、というわけではない。

——ほっこり、だけじゃないんだよねぇ。たとえば、まちの魚屋とかね、ふつうに暮らすひとたちが大事で、価値があるかな。

ファッションとしての「素敵な暮らし」ではなく、ひとが当たりまえに生活する「ふつう」。言葉や場をつくることで、三谷さんはそのことを伝え続けていくのだった。

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