アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#25
2015.01

工芸と三谷龍二

後編 生活工芸から、その先へ
9)終わりに 小さな声で、共感を広げ続ける

三谷龍二さんのものづくりとそれを伝える取り組みを、前編・後編にわたって見てきた。30年以上の歳月は、何かを伝えるにはじゅうぶんな時間である。大きな声で多くのひとを集めるのではなく、小さいけれどたしかな声で、まわりのひとりひとりに思いを伝え、その共感を広げてきた。いま、三谷さんのやってきたことは、時代の表面に浮かび上がり、広がっている。

「捕まらないように」。三谷さんは木工を始めたころに、そう心がけてきた。木彫の古いイメージや意匠にとらわれることなく、時代を超える、普遍的なものづくりへと進んできたのだ。
ものを介して、作り手と使い手が出会う場づくりも、三谷さんにとっては同じなのではないだろうか。場というのは、まとめようとしたり、強いメッセージを発しようとすると、いとも簡単に遊びの部分を失い、形骸化してしまう。そうならないように、ある程度はまとめるのだけれど、参加する個人に委ねる部分もできるだけ残す。そうして新しいことを提案したり、引き算したりして、その時々で動いていく。大きなフェアも、小さな自身のスペースも、三谷さんの思いは変わらないけれど、あまり大きすぎると手にあまる。目と手と、そして声の届くところが、三谷さんにはちょうどいいのである。

——「10センチ」の数十人規模も、それなりの面白さはあると思うんだよね。クラフトフェアみたいな大きいところだけじゃなくて。「10センチ」では、トークショーなんかも始めたんだよ。地方でそういうことをやる場ってなかったから。トークしてくれるひとたちがなかなか地方に来れないし、しかも小さい空間だと難しいよね。だから、そういうことができたらいいなって。自分の時間のなかでやっているから、できる範囲だけれども。やっぱり、具体的に人がつながる場所として機能すればいいと思ってますね。まちが好きですからね、みんながまちは楽しいなって思ってくれればいい。

三谷さんはまた、自分のまちともかかわりを持ち、まちの景色を変えてきた。「まちの伝統を守る」とか、大義名分があってのことではなくて、ただ単に自分の居るまちを心地よく、楽しくしたいからだった。大声をあげて旗を振らなくても、「まちおこし」とは本来そういうものだ。三谷さんを見ていると本当にそう思う。日々の生活をていねいに過ごすところから、こんなにもいろんなことがつながり、広がってっていく。
これからしばらくは、生活工芸祭とともに、小さな自身のギャラリーでも、たしかに伝えていくことを、着実に続けていくのだろう。作り手にも使い手にも、「生活のなかの良質な工芸」への共感が広がり、根づいていくことを願って。

第2回生活工芸祭にて、三谷さんの展示「M氏の生活工芸」光景。ふだんの暮らしでじっさいに使うものたちから、三谷さんの思いが伝わってきた

第2回生活工芸祭にて、三谷さんの展示「M氏の生活工芸」光景。ふだんの暮らしでじっさいに使うものたちから、三谷さんの思いが伝わってきた

工芸の五月
http://matsumoto-crafts-month.com

六九クラフトストリート
http://matsumoto-crafts-month.com/guide/exhibition/1304.html

生活工芸プロジェクト
http://www.seikatsu-kogei.com

瀬戸内生活工芸祭
http://kougeisai.com/info/

三谷龍ニ、10センチ
http://www.mitaniryuji.com

(参考文献)
『木の匙』『僕の生活散歩』(ともに新潮社)、『工芸三都物語 遠くの町と手としごと』(アノニマ・スタジオ)、『三谷龍二の10センチ』(PHPエディターズグループ)、以上三谷龍二著書
『生活工芸』(生活工芸プロジェクト / リトルモア)、『道具の足跡 生活工芸の地図をひろげて』(瀬戸内生活工芸祭実行委員会 /アノニマ・スタジオ)、『「生活工芸」の時代』(三谷龍二+新潮社 / 新潮社)

構成・文:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。最新刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。

写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmer’s KEIKO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。