アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#40
2016.04

幸せに生活するためのデザイン  雲仙小浜から

前編 城谷耕生の仕事

6.  唐津、ものだけでなく全体を見る
「佐賀大学ひと・もの作り唐津プロジェクト」

2008年には、職人の育成を考えて大学が提案し5年間に渡るプロジェクトを引き受けた。佐賀大学「ひと・もの作り唐津プロジェクト」である。唐津の若い陶芸家を育てるために、唐津焼について広く学び、新たに発見してもらうことを目指すものだ。
城谷さんはそこでも、視点を広げるプログラムを展開した。焼きもの以外のさまさまな道具の歴史を学んだり、木工や竹細工など、他分野の職人を招いて話を聞く。マーリたちがイタリアで実践していたように、ものづくりを大きなところから眺めて、なぜ、何のためにつくるのかをあらためて考えてほしいと思ったからだ。
さらには、よそから移り住んできた若手が多いことに着目し、陶器と同じく土とかかわる農業を通して、唐津についてリサーチをしてもらった。気候風土、土の性質、ものづくりの道具、食文化……。研修生たちは地元の農家の方たちに積極的に質問を重ね、農家の方たちも喜んで知恵や技術について説明してくれる。もくもくと轆轤(ろくろ)をまわすだけが陶芸家のするべきことではない。彼らはこうして、自分たちのつくるものがどこに由来し、どのように使われるかを多様に知ることも、実際にかたちづくるのと同じくらい大切だと身をもって知ったのだった。
そのうえで、地元ならではの野菜3つを使って、和食とフレンチの料理人にレシピ研究を依頼し、実際に創作してもらって試食会を行った。そうしてようやく、器の製作が始まった。提案されたレシピ3つについて、それぞれの料理を引き立てる器をつくるのである。研修生たちは料理をすでに知っている。その味も、どのように食されたかも。その実感があってこそ、器のかたちや大きさ、色味や釉薬のぐあいなど、求められるものが見えてくる。
陶芸作家の作品ではなく、使い勝手のよい道具をつくること。そのために、器にのせる料理を知り、料理の素材を知り、素材をつくる農業のありようを知ってきた。本来道具とは、作り手、使い手の知恵や技術が重なり合い、実際に使う経験を経て、研ぎすまされてきたのではないだろうか。

雑誌修正

地の伝統野菜を海の幸とともに料理し、唐津焼の器で食べてもらおうというイベントも企画 / 授業は多様に展開した。「唐津焼を学ぶ」では、寸のサイズにあわせて、ボール紙を切ってサイズ感を確認、手に取りやすく、使い勝手の良い器を研究。「作陶と地域文化」では、各班が選んだ郷土料理を調理し、器に盛って試食。写真は七山の「だぶ」

授業は多様に展開した。「唐津焼を学ぶ」では、寸のサイズにあわせて、ボール紙を切ってサイズ感を確認、手に取りやすく、使い勝手の良い器を研究。「作陶と地域文化」では、各班が選んだ郷土料理を調理し、器に盛って試食。写真は七山の「だぶ」

 

広いジャンルから学び、徹底的にリサーチし、そしてリアリティを実感する。そうして作り手の眼をひらくことを城谷さんは行ってきた。イタリア式の、職人につくる喜びやつくる意味をもたらす「教育」であった。
また、ものづくりのプロジェクトにかかわるなかで、城谷さんはものづくりの全体性を意識するようにもなっていった。ちょうど、器と食べものをめぐって大きな土の循環があるように。

———僕の軸は工芸とかものづくりにしてきたけど、そうじゃない部分の比重を大きくしていく必要性に気づいてきて。イタリアのアグリツーリズモ(農家が営む宿泊施設)みたいなのをこっちでもやったらどうか、と。陶芸家がつくった野菜を陶芸家がつくった器で、陶芸家の家で食べて、実際に轆轤もひいて、というような、教育施設的な民泊。焼きものをたくさん売っていくことで陶芸家の活動を継続するのではなく、焼きものの収入は減るけれど、陶芸は続けられるという方向を目指すべきだと思うんです。
全体の視点を広く持たないと。ふつう、陶芸家のところにデザイナーが入ったら、どうやって売上を伸ばすかというようなことにしかならないので、そうじゃなくて、もっと楽しく幸せに生きられる陶芸家のすがたが何なのか、考えるようになったんですよね。

都市に出荷して買ってもらうのではなく、ここまで買いに来てもらう。
城谷さんの発想は、これまでのやりかたを根本から変え、新たなしくみをつくり、循環させるというものだ。金額や数は減っても、気持ち良くやり続けられることこそが、一番大切なのではないか。そのためのアイデアを温めはじめたのである。