アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#40
2016.04

幸せに生活するためのデザイン  雲仙小浜から

前編 城谷耕生の仕事

3.  ミラノで、まったく新しいデザインを知る

設計事務所をはじめ、デザイン事務所などでも働くうちに、城谷さんは大きく影響を受ける人物に続けて出会った。イタリアデザインの巨匠、アッキーレ・カスティリオーニやエンツォ・マーリのふたりである。
ふたりが考え、実践するデザインとは、城谷さんが日本で学んだデザインとは全く異なるものだった。

———僕が日本で学んだのは、デザイナーは自分のスタイルやオリジナリティを持つべき、ということだったんですね。でもカスティリオーニさんはそれは絶対だめ、と言いました。デザイナーは依頼してくれたメーカーや提案する職人、社会の要望に合わせてデザインするのが仕事だから、毎回そのデザイナーらしく、見た目が同じになるような仕事はありえない、と。いつも有機的なデザイン、いつも四角いデザインでモノトーンとか、そういうのはありえない。あるときは曲線的、あるときは直線的。また、ある仕事では真っ赤でカラフル、ある仕事では真っ黒。それがデザイナーの仕事だというんです。だから僕のデザインを見て、「城谷さんらしいね」と言われたら失敗だと思ったほうがいい、と。どういうアプローチで何を考えたか、という考え方のオリジナリティは大事。でも、フォルムにはオリジナリティを求めるべきじゃない、というスタンスですね。

アッキーレ・カスティリオーニは、最新技術とさまざまな素材を用いて、照明から家具、また都市計画に至るまで、あるときは実験的に、あるときは伝統に根ざしたかたちを提案してきた。とりわけ、デザイナーの個性を主張するのではなく、使い手である生活者の側に立ったものづくりを一貫して続けたひとだ。
カスティリオーニのデザインに対する姿勢に、城谷さんはいたく感銘を受けた。初めてちゃんと勉強してみようという気にもなった。

その少しのち、大理石を扱う会社でアートディレクターとなった城谷さんは、エンツォ・マーリの作品で1964年に発表された大理石のシリーズを復刻しようと、担当者としてマーリに会いに行くことになる。
エンツォ・マーリは視覚芸術の研究に始まって、家具やプロダクトのデザインなど多岐にわたる活動を精力的に続けてきた。ブルーノ・ムナーリに見いだされ、関わったプロジェクトは1,600以上。伝統工芸から工業製品まで、さまざまなものづくりや流通に携わる人びととともに、社会における創造的なものづくりのありかたを模索してきた。

———マーリさんと知り合ってからは、職人さんと共同することを意識するようになりました。あのときのイタリアにはまだ、手しごとの職人とデザイナーが共同作業することはひんぱんにありましたから。
そういうなかで、自分がやりたいのは、富裕層相手に嗜好品のようなデザインをするのではなく、社会的に必要なものをつくることだと思うようになっていて。自分がデザインで何かの役に立つとしたら、職人さんとの仕事はいいんじゃないかというのは最初にありました。イタリアとか日本の手仕事がどんどん少なくなっていってたから、その地域にデザイナーとしてコラボレーションすると。その当時、日本ではまだ、職人さんがデザイナーを寄せつけなかったりもしましたが。

職人とコラボレーションして、社会に必要なものをつくり、地域に貢献する。「ひとの役に立ちたい」と考えてきた城谷さんにとって、カスティリオーニとマーリのデザインとその考え方を知ることで、デザインこそが「唯一世の中で役に立つ仕事」となるように思えたのである。

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刈水庵にあるふたりの巨匠の制作物。アッキーレ・カスティリオーネの椅子と、エンツォ・マーリのグラフィックワーク

刈水庵にあるふたりの巨匠の制作物。アッキーレ・カスティリオーニの椅子と、エンツォ・マーリのグラフィックワーク