アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#15
2014.03

ひらかれた、豊かな<場>をつくるために

後編 淡路島・ノマド村
3)地域との関わり1 淡路島アートセンタ—の存在
やまぐちくにこさん

やまぐちくにこさん

ここで、NPO法人淡路島アートセンタ—(以降aac)の活動について触れておこう。やまぐちさんは淡路島出身で京都の美術大学を卒業し、数年大阪で働いた後に、Uターン。美術作家として活動する傍ら、淡路島の中部に位置する洲本市の「洲本市民工房」立ち上げに関わり、その管理や運営をしていた。そこで作家のサポートをするうちにNPO立ち上げの必要性を感じるようになっていった。
そんなとき、2004年に淡路島を襲った台風23号で、土砂崩れのあった山のなかからぼろぼろの空家が見つかる。しかも、その空家の相続人が、やまぐちさんであることが判明する。「最初は取り壊そうと思っていたけど、それもお金がかかるし、リノベーションを事業としてNPO法人を立ち上げよう」と思ったやまぐちさんは、空家をリノベーションするためのボランティアを呼びかける。それをきっかけに集まったメンバーによって、2005年にaacが設立された。ウェブサイトにある設立趣旨には、「アート」を活動の軸にした理由がこのように書かれている。

『島』という海に囲まれた淡路島は、自然の豊かさに恵まれ、人々の生活や気質、コミュニケーションは、島固有の風土や風習に守られてきました。
私たちの島ではアートを語らなく、アートを必要とせずとも、十分に生活は豊かなものです。
橋が開通して淡路島は陸続きとなったものの、島は島のままを保っています。
行き来する自由度は増して来ましたが、まだまだ精神文化面で自由があるとは言えず、心の選択肢や、考えの自由度を増していく必要性を感じます。そうすることで、自然豊かな風土に益々、住み心地が増していくと考えます。
決して特別でも難しいものでもなく、自分の視点をもち、イメージを具体的にする手段こそ『アート』にあると考えます。

よろずたぬきの提灯。灯りをともして「夜のたぬきちょうちん」行列も(写真提供:NPO法人淡路島アートセンター photo 土屋久美子)

よろずたぬきの提灯。灯りをともして「夜のたぬきちょうちん」行列も(写真提供:NPO法人淡路島アートセンター photo 土屋久美子)

「淡路島がきらいだった」とやまぐちさんは話したが、かくいう筆者も淡路島出身で、同じような思いを抱いてきた。やまぐちさんや筆者に限らず、島民のなかには選択肢の少なさや、店やものが少なく都会に比べて見劣りすること、価値観の狭さなどにうんざりして外へ外へと目が向きがちな部分があることは否定できない。しかし、もう一度足元を見直したときに、まだまだ淡路島にもいいところがあるのではないかと気づかせてくれるきっかけのひとつにアートがあった。その一例が2005年から毎年開かれている「淡路島アートフェスティバル」だろう。
たとえば、2013年度はアーティストを招き、南あわじの特産品である瓦を木琴のような楽器にして音楽を奏でたり、洲本市に伝わる民話の主人公・たぬきの芝右衛門(しばえもん))をモデルにした等身大の提灯をつくって商店街で仮装行列をした。瓦や芝右衛門は島民にとっては子どもの頃から慣れ親しんだ当たり前にあるものだが、そこにアーティストが新たな息を吹き込むことで、民話や伝統産業を改めて見直す機会になった。
aacのこういった地道な活動によって、少しずつだが思いを同じくするひとは増え、島内の飲食店や自治体、島内外のクリエイターやアーティスト同士のつながりができてきた。しかし一方で、その広がりは「価値観を変える」というには十分とはいえず、まだまだ一部の動きにとどまっていた。その動きを広めるためにも、淡路島に住んで活動するアーティストを求めていたaacは、茂木さんの移住を実現させるべく全面的にサポートしたのだった。