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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#9
2013.9

京都 西陣の町家とものづくり

後編 ショップ兼工房としての町家
4)思わずゲストに出したくなる落雁を
グラフィックデザイナー・木本勝也さんの場合1

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(上から)店のカウンター。その設計には「ものを受け渡しするだけの空間ではなく、思い出を持ち帰ってもらえる店にしたい」という木本さんの思いが詰まっている /

(上から)店のカウンター。その設計には「ものを受け渡しするだけの空間ではなく、思い出を持ち帰ってもらえる店にしたい」という木本さんの思いが詰まっている / 店奥の庭。映画監督のティム・バートンの世界観をイメージして作庭してもらった / 店は5軒ほど立ち並ぶ長屋の一角にある / 山名宗全の邸宅跡を伝える石碑がすぐそばに

猪熊通上立売下ルに石碑が残る、山名宗全の邸宅跡。ここは、西陣という地名発祥の地だ。応仁の乱が起こった際、西軍を率いた山名宗全の邸宅あたりが陣地になったことから、この一帯が西陣と呼ばれた。「UCHU wagashi」は、その石碑のそばに並ぶ長屋の2棟を改装した、落雁(らくがん))専門店。落雁とは、米や麦、大豆などの粉に砂糖や水あめを加えて練り、吉祥紋様の木型などで抜き固めたもの。茶の湯でもよく使われる伝統的な干菓子だ。
店に足を踏み入れると、まず目に飛び込むのは、三角形や四角形、丸形に整えられた木々が肩を寄せ合う中庭。窓を額ぶちにして切り取られたその景色は、まるで前衛美術の絵画のようだ。心を一瞬、どこかへ連れていかれたままスロープを進むと、左手に見えるのは、美術館のようなガラスケース。スポットライトに照らされた6種類の落雁のサンプルを眺めていると、まるで宝石を選んでいる気分になる。
2010年にこの店を始めたのは、グラフィックデザイナーの木本勝也さん。店奥の工房でひとつひとつ手づくりされるその落雁には、大きな3つの特徴がある。ひとつは、厳選された和三盆糖を贅沢に使うことで生まれる、ほどけるような口どけ。もうひとつは、バニラやココア、フルーツやミントなどの洋風フレーバーが使われていること。そして、これまでの落雁にはなかったデザインを木型からオリジナルで起こしていることだ。
いくつか例を挙げてみよう。「Mix-Fruits」は、フランボワーズ、キウイ、オレンジの天然果汁を閉じ込めたゼリーと和三盆糖を合わせた、甘酸っぱくジューシーな落雁。ゼリーを散らした真四角の落雁は、1枚1枚、景色が異なり、洋皿にも映える。「ochobo」は、ジャスミン茶、ほうじ茶、抹茶の3種類のティーフレーバーの詰め合わせ。日本茶はもちろん、中国茶や紅茶にも合う。パステルカラーが華やかな「drawing」は、抽象的な扇形のピースをパズルのように組み合わせて遊べる、まったく新しい落雁だ。
京都生まれ・京都育ちの木本さんは、大学卒業と同時に、有名企業で商業キャラクターをデザインする仕事に携わっていた。その後も、京都と東京を往復しながら、広告などのグラフィックデザインの仕事を続けていたが、ある時、「流行に左右されて一向に積み重なっていかない自分の仕事」に強い疑問と焦りを感じた。

———50歳になった時、自分の仕事でひとに見せられるものってどれだけあるんだろう、と。きっと若いひとたちに見せたら、「昔あったね、こんなの」と言われて終わる。でも、京都の伝統的なものって、50年前の仕事でもまったく古く感じないじゃないですか。これがあったから今がある、そう思えるものばかりなんですよね。

長く続くことを何よりもよしとする京都。そこに住んでいながら、まったく京都に接していない――。そんなフラストレーションを自分に感じた木本さんは、1年間、思い切って仕事を最低限の量に減らし、模索の時間にあてた。

———京都の伝統や文化に寄与するような仕事を、自分も積み重ねたい。そう思いながら、毎日図書館に通って本を読みあさり、まちを歩き回って、進むべき道を模索していました。50年続くものをつくれるなら、この1年を捨ててもいい。それくらいの覚悟でしたね。

そうして見聞を広げるなかで、「自分を最大限に生かせる」と直感したのが、お茶席のお菓子である落雁だった。

———勉強するうち、お茶席のお菓子こそが日本的なデザインの極みだと気づいたんです。主役のお茶より目立つことなく、決められた素材のなかで、最大限、季節感を演出し、ひとを驚かせる。すべての和のデザインの核は、ゲストを喜ばせようとする「おもてなし」にあるんだと。そのおもてなしを、今の僕たちの生活の中で、自然に実践していくにはどうしたらいいか。そう考えた時、それまでの自分のデザインの仕事を最大限に生かせるものとして、落雁に行き着いたんです。

伝統を続けるのに大事なのは、自然と実践したくなること。押し付けたり、啓蒙しなければならないようでは、広がらないし続かない、と木本さんは言う。

———「今度お客さんが来たら、これをお茶と一緒に出してあげたいな」「春めいてきたから、落雁のピースでちょうちょをつくって出してみよう」、そんな風に自発的に使ってもらえる落雁が理想です。継承するものではなく、継続するものをつくりたいんです。

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(上から)フランボワーズ、キウイ、オレンジのゼリーを閉じ込めた落雁「Mix-Fruits」 / 店に展示されている、扇形の落雁「drawing」の使用例。魚や花、ちょうちょなど、自由に見立ててパズルのように遊ぶことができる