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#9
2013.9

京都 西陣の町家とものづくり

後編 ショップ兼工房としての町家
2)東京・浅草から京都・西陣へ
靴職人・野島孝介さんの場合2
「吉靴房」の野島孝介さん

「吉靴房」の野島孝介さん

ペンチで革を足型に沿わせていく、「つり込み」という作業

ペンチで革を足型に沿わせていく、「つり込み」という作業 

当初、西陣の空き町家に、アトリエ兼住居としての魅力を見出したのは、京都以外の地方出身のアーティストたちだったことは前項でも述べたが、野島さんもやはり、外からの目で、西陣の町家の魅力を見つめていた一人だ。
愛知県に生まれ、静岡県で育った野島さんは、大学進学と共に東京へ。法学部の勉強と、6歳の頃から続けている剣道に没頭する日々を過ごしていた。「法学部で体育会系だから、将来は警察官かな」と漠然と考えていたが、大学卒業を前に、ふと自分の進路について考え直す。

———ある時、急にやーめた、となってしまったんです。そんな漠然とした生き方ではなく、次に進む道では、自分で決めたことを自分で確実に実行していきたい、と思いました。その時、ものをつくる仕事に就きたいと思ったんです。ファッションが好きだったので、スーツの仕立て屋など、いくつかやりたいことの候補はあったのですが、この年齢で始められて、一人で長く続けられそうで、これまでにないものをつくることができそうなもの、と考えた時にイメージできたのが、靴だったんです。

卒業後、その決意を胸にいったん静岡の実家に戻るが、その時期にはすでに靴学校の試験が終わっていた。そこで、まずは靴メーカーに就職することを考えた。「靴といえば浅草だな」と、いきなり東京の浅草に引っ越した。

———そこから就職情報誌で求人を探し、2つの靴メーカーの面接に行きました。でも、靴学校には行っていないし、業界での経験もないしで、当然、どちらも即、落とされまして……。今思えば無茶だったなあと思うんですが、2つ目に試験を受けた婦人靴製造の会社から不採用の電話をいただいた時、「困ります。もう浅草に引っ越してきているんです。何でもするので何とかなりませんか」と言ってしまったんですね(笑)。それで再度、社長面接に呼ばれ、なんと採用までしていただきました。本当にありがたかったですね。

その会社では、靴みがきから、製造企画、型紙のデザイン、営業まで、靴業界に関するあらゆる仕事に携わり、夜は社内の職人さんに張りついて靴づくりの技術を学んだそうだ。
日本をテーマにした靴をつくりたい――。そんなアイデアを温め始めたのは、会社に勤めて1年目の頃。ヒントは、学生時代に目にしていた何気ない原風景にあった。

———剣道の試合の前に、道場の外でウォーミングアップをしますよね。その時にみんな、道着に袴にスニーカーなんですよ。それが、どうにもカッコ悪くて……。せめてビーサンだろう、って(笑)。そういえば、いつもはいているストレートジーンズと着物の下半身は似ているな、なんて思ったこともありました。そういう個人的な思い出や記憶が、その後、靴づくりを学んでいくなかで、“洋服にも着物にも合う日本の靴をつくれないか”というアイデアにつながっていったような気がします。

そのアイデアが浮かんだ時、野島さんが、すぐさま「やるなら日本のものづくりの本場、京都の西陣に工房をかまえたい」と思ったというのも面白い。

———日本史が好きで、ノンフィクションの本を読んだり、京都に旅行する時に調べものをするのが好きなこともあって、“西陣は織物の町で、機織りの音が聞こえてくるらしい”“京都の古い日本家屋のことを町家と呼ぶらしい”くらいのことは知っていたんです。機織りの音が聞こえるまちなら、連棟になっている町家でトンカントンカン音をたてて靴をつくってもきっと怒られないだろう、と。

6年半後、靴づくりのひと通りを学び終えた野島さんは、円満に退社。東京の代官山で初の個展を行った後、強い縁に導かれて、西陣に引っ越した。

———当時、陶芸家の叔父が京都に住んでいたので、挨拶がてら、“今度、西陣で仕事をしようと思っている”と電話を入れました。そしたら、自分も西陣の町家に引っ越したところだって言うんです。しかも家のなかで使っていない一角があるから、そこを使うといい、と言ってくれて。とりあえず、そこで工房をオープンする運びになりました。

西陣には、ものづくりをする人々を引きつける磁場のようなものがあるのだろうか。2006年、野島さんは晴れて、西陣の上立売通大宮西入ルに、ショップ兼工房「吉靴房」をオープンさせたのだった。