アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#7
2013.07

市と、ひとと、まちと。

後編 各地に広がる、市の新しいありよう
9)信頼と安心、素朴な喜び

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いろいろ書いたが、何よりもまず、市はとにかく楽しいのだ。その場の風景や雰囲気はもちろんのこと、自分の目でモノを確かめ、ひととやりとりしながら、選び取ることができるから。ことばを換えれば、自分の生活に主体的であることができるから。そこには信頼や安心、そして素朴な喜びがある。

———僕が市の研究をしてきて思うのは、(売り手と買い手の)お互いが必要である、ということ。その関係ができている、役割があるということが幸せなんじゃないかな、と思っています。そしてそんな関係に<市>というひとつのすがたがあるんじゃないかなと。

福田善乙さんのことばに、深くうなずく。コミュニケーションや経済の、シンプルな基本。市は“過去の遺物”ではなく、むしろ今の時代にふさわしいしくみではないだろうか。

現在、各地でさまざまな人々や団体が市に関心をしめし、小さな市は今後いっそう増えていきそうである。高知オーガニックマーケットには、関東や山陰など、広く全国から「参考にしたい」と見学にくる方々が後を絶たないし、オーガニックマーケットは奈良や滋賀、鳥取、さらには大分、名古屋などでも開催されるようになった。

さらには、雑貨店やカフェが主体となって、生産者を数人集め、選りすぐりの食材を提供するこぢんまりした市も各地で開かれているし、場のありようを考え、一歩踏み込んだ市もあちこちで盛況だ。
例えば、大阪で生活空間のデザインを手がける「graf」が主催する「ファンタスティックマーケット」。“出会い~繋がる~広がる”をキーワードに展開する、生産者・販売者・消費者とが新しい関係性を育むための、コミュニティ型プロジェクトだ。自分たちが畑を始めたことをきっかけに、生産者や販売者から食料品を集め、生産者の話を消費者に聞いてもらうなど、まさに両者を“つなぐ”場を月1回のペースで設けている。

「マーケット」「マルシェ」など、名前はそれぞれに、そのありかたに共感できる生産者と消費者が集う。ていねいにつくったモノを通して、売り手どうし、売り手と買い手が少しずつ関係をむすんでいく。続けるうちに、少しずつ広がっていく。ゆっくりと、しかし着実な歩みであると思う。

———人と人との関係をどのようにつくっていくか、ということが問題の時代になってきたと思います。そのひとつのあり方として「市」というものの存在も大きいんじゃないかと。スーパーだと「おまけ」ってなかなかできないですよね。でも市はそれができる。おまけの文化。ひとつのおもてなしですよね。スーパーはタイムセールなどで割引はできますが、個々のサービスではありませんから。

市の最大の特徴は“おまけ”なのかもしれない。単なる値引きや増量というだけでなく、個人と個人が向き合って生じるおもてなしであり、またささやかな感謝の気持ちの表れともいえるだろう。安心や品質などの付加価値を含めて、直接的な金額には表し得ないものがそこにある。広い意味での「市」が、これからはいっそう増えていくだろうし、そうなったらもっと楽しくなると思う。

高知オーガニックマーケット
高知県立池公園
毎週土曜日 8時~14時ごろ ※7月・8月は、正午まで
問い合わせ:高知オーガニックマーケット出店者組合
tel: 088-840-6260
http://kochiom.web.fc2.com

三重オーガニックマーケット
関地蔵院
毎月第二土曜日 10時〜15時
問い合わせ:事務局 加藤俊介
tel: 090-5854-0446
http://mie-o-market.cocolog-nifty.com

文・編集:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。最新刊に『標本の本-京都大学総合博物館
の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『
京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』
(平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・ス
タジオ)など。限定本http://book-ladder.tumblr.com/

写真:森川涼一
1982年生まれ。写真家。2009年よりフリーランスとして活動する。
人物撮影を中心に京都を拠点とし幅広い制作活動を行う。