アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#7
2013.07

市と、ひとと、まちと。

後編 各地に広がる、市の新しいありよう
7)世界一の市のまち ロンドン1 古くて深い関係

ロンドン1-1カムデンマーケット

ロンドン1-2花と男の子

ロンドン1-3スウィンギング

(上から)駅からマーケットまで、長い行列が続く /

(上から)駅からマーケットまで、長い行列が続く / いかにもイギリスらしい花や植物のストール(屋台)/ いかにもロンドンらしいファッションのストール / ありとあらゆるものが手に入る 

わたしの知る限り、市とまちがもっとも密接に結びついているのは、イギリスのロンドンだと思う。いきなり海外まで飛んで、唐突かもしれないが、これだけ多くの市がまちなかにある都市は他にないと思うからだ。これは住んでみての実感でもある。

「市」とはきわめてシンプルな、そして昔ながらのものの売り買いが行われる露天の場である。ロンドンは大都市でありながら、その市が毎日いくつも、あらゆる場所で開かれるのだ。生鮮青果の市にファストフード、日用品のバザー。カリブ系やアラブ系住民向けの移民市にアンティークマーケット……。アイテムも実に種々多様で、その数はというと、主だったもので60カ所は軽く越え、小さなローカルな市まで含めると120カ所近くになる。さらに、車のトランクをブースに見立てたカーブーツセールなど、公園や遊休地、教会などで不定期に開かれるものまで含めると、それこそ数えきれないほど市が立つのである。ロンドンに住んでいた10年以上前の数字ではあるが、それほど大きく変わっていないと思う。

ロンドンの面積は東京都の3分の2くらいとかなり大きいが、それでもやはり圧倒的な数である。じっさい、まちを歩けば、そこここで市に出会う。
メインはといえば、青果や日用品などの生活市だ。生活必需品を扱うから、開催は日曜以外の平日、月曜から土曜までというパターンが一般的。この生活市は、ブラックやアジア系などの移民専門も多々あって、ひとくちに「生活市」といっても、それだけでヴァリエーションが豊富なのである。

果たしてなぜ、これだけ市がロンドンに根づいているのだろうか。明快な答えはないのだけれど、まちと市の関係は古く、深い。なにしろ紀元43年、ローマ人がロンドンの地を発見し、征服したときから、ロンドンのまちとともに、市の歴史も始まったのだから。
現在の市の原型はといえば、12世紀、中世にさかのぼる。今のシティと呼ばれるあたりに、牛乳、蜂蜜、木製品など、特定のモノを扱う通りがいくつもできた。市のしきたりや商習慣もこのころ生まれ、今に引き継がれているものも少なくない。
市が一番盛りあがったのは、19世紀から20世紀にかけて、ヴィクトリア朝の時代だったようである。ロンドン市内へ、近郊から、あるいは他国から移住する人々が増えるにつれて、市も同様に増え、大いに賑わっていたという。
路上の市はなんでも買えて、およそ生活に関するあらゆることがまかなえた。占い、靴磨き、アクロバット芸などのエンタテインメントもあり、いっぽうで(モグリの)医者の診察まで受けられたのだ。このころ、市が立つのはたいてい土曜の夕方からと日曜の午前中であった。労働者が一週間の仕事を終え、週給金を手にしてから、市に向かったためだった。青果生鮮の生活市以外、今でも土日開催の市が多いのはその名残である。

多くの国やまちで、市のほとんどが“過去の遺物”として消え去ってきたのに対し、ロンドンでは多くが残り、また新たに生まれてもいる。それには、まちの歴史と伝統を大切にし、守ろうとする人々の気質も大いに関係しているだろうし、また、まちと市の結びつきかたも、ヴァリエーションの数だけさまざまで、層が厚いところも大きいと思う。

まちを歩いていて唐突に市に出会うと、タイムスリップしたようでありながら、現在にちゃんと接続しているとも感じる。ロンドンの市はまちをとても魅力的にし、深みを与えているのだ。