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アネモメトリ -風の手帖-

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#63
2018.08

音楽とアートが取り持つ、まちの多層性

3 広島・尾道
4)「尾道らしさ」という危うさ
——三上清仁さん・小野環さんに聞く(2)

実は今回、「尾道のまちとアート」というテーマで取材をお願いした際、「AIR Onomichiは公開を意識した活動ではないので、取材の趣旨とは合わないかもしれない」という返事をもらっていた。そういえば、音楽家のトウヤマタケオさんも、「USHIO CHOCOLATL」の中村真也さんも、いわゆる「尾道らしさ」を背負って何かをつくるということに全く興味がないようだった(むしろ遠ざけているように見えた)。その反応が、今の尾道の活気を理解する上でとても重要な気がして、詳しく聞いてみることにした。

———僕らは、作家が見知らぬ土地に滞在して、誰とどう関わり、どんな作品や方法論を生み出すのかということを軸にしているので、公開性でサービスすることを優先順位の先には置いていないんです。
尾道らしさっていうのは、みんながこれまで前提としてきた通称というか、流通してるイメージですよね。だけど実際、作家が動き始めると、今まで尾道らしさと呼ばれたことのない場所や状況を選ぶ可能性もあるわけで。でも、それらも尾道にあるものだし、下手したら100年ぐらい前から存在していたものかもしれない。最初から尾道らしさというものを考えちゃうと、あらかじめ中心があるかのような錯覚を起こして、そっちに落としちゃう危険性がある。結果的に尾道らしさとリンクするとか、あ、これ尾道らしいな、という理解が他者で発生することは当然あるとは思いますけど、アーティスト自身は感じるままにやって、なんかよくわかんないところにまでいっちゃって、っていうのがいいのかなと思います。
現象を引いた目で見た時に、本当は500文字使って言わなきゃいけないことを100文字とか50文字の見出しにしたり要約する時に、いろいろリンクしてて、あー、なんかうまくまとめられない、みたいな状況って結構あるじゃないですか。それはそれでいいんじゃないかなっていう気がするんですよね。(小野)

———この前、尾道の歴史にものすごく詳しい尾道市役所のひとと話してたんだけど、そのひとに見えてる尾道の山手と、僕らが見てる山手は、全然違ってるらしいんだよね。なかなか共有しづらいものではあるんだけど、もしかしたら尾道に住んでるひとたちもそういうギャップを結構抱えてるんじゃないかと思って。だけど、そのズレみたいなものをアーティストはひょうひょうと現場でやりこなしちゃったりするから。そこが面白いのかもしれないですよね。(三上)

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「光明寺會舘」のスタジオからの風景。頬を撫でるそよ風が心地よく、どこか見知らぬ避暑地にいるようだ

取材の帰り、第4回目の「AIR Onomichi」の招聘作家であるシュシ・スライマン氏の制作途中の作品《ORGANIZING ABANDON》を見せてもらった。見放されたものに眼差しを向けて創作活動を続けてきた、1973年生まれのマレーシア在住の女性アーティストだ。
彼女は、山手地区の元・八百屋だった廃墟を選び、丁寧に解体した部材の全てを、土器の破片を調査する考古学者のようにアーカイブ・シートに記録するという作業を行っている。そして「廃墟に属するものをひとつも捨てない」というコンセプトのもと、尾道在住の木工職人や瓦職人らの力を借りながら、使えるものはリデザインして新たな建材として家屋に戻し、使えないものは彼女のアートワークに使用して全てを再構築するのだという。
聞いているだけでも気の遠くなるような作業だが、「光明寺會舘」の2階にしつらえられた廃材を保存するアーカイブ・ルームを案内してくれる小野さんの声はとても楽しそうだ。

———とにかくひとつも捨てずに何かしらに変えていくっていうことを2013年からやっていて、なんとか2020年には家屋に全部戻して完成させたいなと思ってるんですけどね。壁土をふるいにかけて水簸(すいひ)して粘土にして陶器を焼いたり、瓦を葺く時に使ったり。実際、陶器はうまく焼けたのでね、できないことはないですよ。この長さの違う使いさしの鉛筆だって、そのまま捨てちゃえばゴミですけど、こうやってアーカイブすると、なんかきれいですよね。(小野)

「空きP」のアプローチとは異なるが、このような空き家の味わい方もあるのだと思った。小野さんのいう山手の「時差」が、朽ちたトタン板や大きな日の丸の旗、もう存在しないであろうメーカーの文具に姿を変えて目の前に並んでいた。「光明寺會舘から歩いてすぐのところにある、骨と皮だけになった元・八百屋の家屋の玄関脇には、シュシ・スライマン氏がマレーシアから持ってきたバラの苗木が植えられている。この作品が完成するころには随分大きくなっていることだろう。この廃墟をめぐる過去と未来に思いを馳せると、ただそこにいるだけで「時差」のなかを旅しているようだった。

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シュシ・スレーマン氏が取りかかっている作品《ORGANIZING ABANDON》の一部。元・八百屋の家屋(写真1枚目)を解体することで得られた部材を横軸、その再構築に関わったひとを縦軸にして記録したアーカイブ・シート(写真2枚目)が美しい。マレーシアの大工さんたちも間もなく制作に参加するという。「光明寺會舘」2階のアーカイブ・ルームにはシュシ氏もたびたび足を運び、作業する

シュシ・スライマン氏が取りかかっている作品《ORGANIZING ABANDON》の一部。元・八百屋の家屋(写真1枚目)を解体することで得られた部材を横軸、その再構築に関わったひとを縦軸にして記録したアーカイブ・シート(写真2枚目)が美しい。マレーシアの大工さんたちも間もなく制作に参加するという。「光明寺會舘」2階のアーカイブ・ルームにはスライマン氏もたびたび足を運び、作業する

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3号にわたり、尾道の今を見てきた。尾道に暮らす人々にインタビューするなかで、文化というものは常に誰かが何かをひとりで始めることから出発するのだと思った。そして音楽やアートが、生まれたての何かを判定せずに見守る耐性をこのまちに授け、ひととひとの距離を心地よいスピードで縮めている。
「空きP」の豊田さんが、「尾道は港町でもあるので、船が着くたびに知らないひとが来て、またどこかへ去っていく、というのが割と日常」と話されていたのが印象的だった。
定住、移住、仮住まい、短期滞在。尾道水道を行き交う渡船のように、定住と旅の間の多層的なグラデーションを行き来しながら離合集散する人々を許し、まちに縛りつけようとしない港町気質が、逆にこのまちにひとを長く、深く引きつけている気がした。

 

番外編 アートベース百島 

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本文では登場しなかったが、尾道のアートシーンを語る上で欠かせない存在として「アートベース百島」も紹介しておきたい。尾道市街地から渡船に揺られること約40分、過疎化が進む離島、百島(ももしま)の中学校跡をアートセンターにしたもので、現代美術家の柳幸典氏と多くの地域協働者たちがアートによる離島の再生を試みている

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「アートベース百島」にて柳氏の作品《ワンダリング・ミッキー》をはじめとする常設展や企画展が見られる。また、島内の元・映画館跡を利用した「日章館」では柳氏の作品《ヒノマル・イルミネーション》も体験できる

「アートベース百島」にて柳氏の作品《ワンダリング・ミッキー》などの常設展示作品や企画展示作品が見られるほか、島内の映画館跡を利用した「日章館」で同じく柳氏の作品《ヒノマル・イルミネーション》も体験できる。2018年10月6日~11月4日には島在住の職人集団「百島工房」が改修した空き家(来夏より宿泊施設として運用予定)で柳氏と榎忠氏が現代美術作品を展示する企画展「CROSSROAD3」を開催

NPO法人尾道空き家再生プロジェクト
http://www.onomichisaisei.com

紙片
http://trokkisk.wixsite.com/teraokakeisuke/blank

AIR Onomichi
http://aironomichi.blogspot.com

光明寺會舘
http://komyoji-kaikan.blogspot.com

アートベース百島
http://artbasemomoshima.jp

取材・文:姜 尚美
編集者、ライター。出版社勤務を経て、現在はフリーランスで雑誌や書籍を中心に執筆活動を行う。
著書に『あんこの本』『京都の中華』、共著に『京都の迷い方』(いずれも京阪神エルマガジン社)。

写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmer’s KEIKO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。

編集:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。