アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#62
2018.07

音楽とアートが取り持つ、まちの多層性

広島・尾道2
1)最初からぶっちぎりたかった
——中村真也さんに聞く(1)

尾道駅前のフェリー乗り場から渡船に乗って向島へ。島の南端を目指して車で約15分、曲がりくねる山道をひたすら上っていくと、突然視界が開けて公民館のような建物が現れた。瀬戸内海を見下ろす丘の上にある尾道市の施設「立花自然活用村」。その2階にチョコレート工場兼ショップ「USHIO CHOCOLATL(ウシオ チョコラトル)」はある。カカオ豆の仕入れ・選別・焙煎からチョコレートの成型までを一貫して行うことでカカオ豆本来の味を伝える「ビーン・トゥ・バー」と呼ばれる板チョコレートを提供する店だ。
手のひらサイズの六角形、楽しいイラストレーションが施された包装紙はもちろん、カカオと砂糖のみを使い「smooth」と「cranch」の2種の食感を用意した各チョコレートは、なめらかで酸っぱいもの、ザクザクふわふわしつつほろ苦いものなど、カカオ豆の違いがダイレクトに感じられ、食べるひとの舌に忘れがたい余韻を残す。2014年にこの店を始めた、現在35歳で工場長の中村真也さんは、福岡県の出身だ。一体どのような経緯で、尾道でチョコレート工場を始めることになったのだろうか。

———もともと僕は生まれ育った福岡のカフェで働いていたんですが、「ここはごはんもおいしいし、めちゃくちゃいいまちだけど、仕事して、お給料得て、生活費払って、残ったお金で節制しながら好きなことして、みたいな人生で終わるのはいやだな」と絶望してたんです。その絶望感が頂点に達したころ、今まで一度もしたことがないことをしてみようと最後にもらったお給料15万円ほど持って放浪の旅に出ました。福岡から出発して、熊本、大分、松山と来て、しまなみ海道を渡ったところがたまたま尾道で。僕、それまで尾道ってところを全く知らなかったんですが、明らかにほかのまちとは違うアッパーなバイブスを感じて、移住することにしたんです。
で、これからどうしようかなと考えていたころ、雑誌の記事でニューヨークのブルックリンにある「Mast Brothers Chocolate(マスト・ブラザーズ・チョコレート)」(「ビーン・トゥ・バー」という考え方を世界に広めたチョコレート・ショップ)を知りました。福岡に「マヌコーヒー」という僕の大好きなコーヒー屋さんがあるんですが、その店みたいにストリートっぽいんだけど真面目に農園に通ってものづくりをしている感じがかっこいいと思ったし、僕は菜食主義なので、カカオと砂糖だけでつくられているというそのチョコレートを食べてみたい!と思いました。そしたら割とすぐに食べられる機会があって、そのおいしさにびっくりしたんです。各チョコレートの差がはっきりわかって、包装紙もアーバンな印象で、値段が1枚1200円とかで明治のチョコレートの10倍以上もして。日本にもこのムーブメントは必ず来ると感じました。そして、それを自分が尾道でやってみたいと思ったんです。

周りからは「なんで今さらチョコレート?」「3年は修業しないといけない世界」と諭されたが、「修業しているうちにムーブメントが終わってしまう」と思い切って始めてしまうことにした。尾道で出会った多くの友達の助けを借りながら、グアテマラへカカオ豆を探しに、アメリカでチョコレート工場を見学し、と奔走しつつ、同じく尾道に移住してきていた兵庫県出身の宮本篤さん、広島県出身の栗本雄司さんを誘って、本格的に物件探しを始動。現在拠点にしている「立花自然活用村」は尾道市の公共施設だが、なぜあえて向島のこの物件を選んだのだろうか。

———チョコレート製造は音が出るので家が密集している本土側では難しいだろうということと、本土側は文化的に飽和状態で渋滞しているなと感じていたので、その活気がいい感じで影響してくれそうな向島の物件を最初から探していました。そしたら友達が、「立花自然活用村を閉鎖することになりましたってお知らせが新聞に載ってるよ」と教えてくれて。それは「誰か活用してください」というお知らせではなかったんですが、尾道市に「僕らに使わせてください」と直談判しに行きました。ローカルな場所からいきなりデザイン性の高いもの、独特のものができたら、東京でやるよりずっと面白いと思ったし、自分たちで農園に足を運んで直接カカオ豆を買いつけるダイレクト・トレードというやり方にしろ、六角形というチョコレートのかたちにしろ、「最初からぶっちぎるにはどうしたらいいか」ということを3人で常に妄想していました。

「最初からぶっちぎる」という言葉が「競争に勝つ」とか「商売で成功する」という意味ではないことは、彼らの立ち居ふるまいを見ていればすぐわかる。チョコレートの説明から商品を手渡す際のちょっとした冗談にまで「笑顔で帰ってほしい」という気持ちがあふれている。荒れ放題だった公共施設の壁板をはがし、天井を塗り、アメリカから製造機を輸入し(なぜかインドから届いたそうだ)、好きなソファを置いてゼロからこの場所をチョコレート工場にしていったように、彼らは自分たちが思い描く「気持ちのいい世界」を、既存の方法という「近道」を選ばずにDIYで構築している。尾道は、渡船ですぐアクセスできる島々に恵まれていることもあって、自分が望む生き方をゼロからつくることができる「余白」をひとに感じさせるのかもしれない。

2014年11月1日の開店日、丘の上のチョコレート工場は地元の家族連れやカップルで長蛇の列ができる大賑わいとなった。2018年2月には広島空港にチョコレートとシングル・オリジン・ほうじ茶(ブレンドせずひとつの茶園の茶葉で入れたほうじ茶。彼らの造語)の食べ合わせを提案する「foo chocolaters」もオープン。今やその動きを見逃せない、日本を代表するチョコレート・ショップとなっている。

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尾道では「ウシチョコさん」と愛称で呼ばれる「USHIO CHOCOLATL」。上から2枚目の写真・左より、創立メンバーの中村真也さん、栗本雄司さん、宮本篤さん。店名は中村さんの愛娘・潮(うしお)ちゃんの名前をとったもので、瀬戸内海にのぼる朝日を意味する。チョコレートの原材料はカカオ豆と砂糖のみ。ダイレクト・トレードで取引するグアテマラやトリニダーゴ・トバゴをはじめ、世界各地の農園の豆の味を食べ比べることができる。店内では雑誌やZINE、CD、Tシャツやキャップなどの雑貨も販売している