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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#5
2013.05

新潟 「エフスタイル」がつむぐ、あたたかな「循環」

後編 作り手、売り手、そして伝え手

6.立川織物の亀田縞、エフスタイルの亀田縞
〜 新潟・立川織物(2)

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立川織物の縞見本帖。エフスタイルの事務所にもたくさんコピーがあった

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エフスタイルの定番、立川織物製の亀田縞のあずま袋

「亀田縞はすたれましたが、このあたりの繊維業は残って、昭和60年代はアメリカ輸出用の洋服地で大忙しだった。けど、それ以降は、ずーっと右肩下がり。この間も、1台3トンのダブル幅織機8台をスクラップ処分したところ。工場にぽっかり8つ、大きな穴が空いちゃって…。その穴を埋めるにもお金が要るっていうんだから世知辛いですよ」

そんな厳しい状況の中、立川さんが一念発起で亀田縞を復活させたのは、亀田地域に600軒あった機屋が立川織物を含む2軒になった時。亀田地域に多くの機屋があったことを新潟市の人さえも知らない今、新規の仕事をとるため、また、亀田縞を後世に伝えるため、互いに声をかけあって、それぞれの方法で復活させた。

「郷土資料館に残っていた亀田縞の見本帖を、ルーペでこうやって見ていきましてね。糸1本1本の縒り具合、織りの密度をたたきだして、織り方をひとつひとつ検証していきました。そうして、どうにか織り上げた生地をまちの駅に持っていったら、『製品になっていないと売れない』って言う。うちは織物専門でそういう製品は作っていないんだから、困ってしまいました」

ところが、この流れがエフスタイルとの出会いを引き寄せることになる。どうにか亀田縞の生地を使って製品に縫製してくれる業者を探しあて、コースターやエプロン、小銭入れなどに加工していた立川さん。そんなある日、結婚式の引き出物の風呂敷の製作を頼まれた。その風呂敷につける洗濯タグを作ってくれる業者を探していたところ、通りがかりのミシン屋さんがあったので、「ここなら教えてくれるかも」と直感で感じ、飛び込んだ。そして直感の通り、そのミシン屋さんは、親切に業者さんを教えてくれた。

「後日、教えてもらった御礼に出来上がった風呂敷を持っていったんです。そしたら、そのミシン屋さんが『エフスタイルという人がいるから会いに行きませんか』と言うんです」

そのミシン屋さんは、エフスタイルが懇意にしている縫製屋さんだったのだ。それが縁で、エフスタイルの製品は、今もこのミシン屋さんが縫製している。

「立川さんの亀田縞は、ヨコ糸で織るのが特徴なんです。ヨコ糸で織る縞模様は、無駄が少ないので、少ロットでも織れるんですね。そのおかげで、エフスタイルのオリジナルの亀田縞の生地を1年かけて開発することができたんです」

取材に同行してくれた星野さんが教えてくれた。

「立川織物の亀田縞は100種類ほどあるのですが、エフスタイル用の亀田縞は、製品になった時のイメージで織ってもらっているので、立川織物の亀田縞とは、また全然違うものなんです。立川さんの亀田縞とバッティングすることなく、そうして別々のルートで亀田縞を広めていけるのは、とても嬉しいことですね」

最近、エフスタイルの商品を見た漆器屋さんの依頼で亀田縞のはし袋を納めたり、百貨店からの依頼でスリッパやエプロン用の生地を納めるなど、いい動きも出始めた。

今、エフスタイルは、新作の亀田縞のシャツを試作中だ。取材はいつしかその打ち合わせに変わり、専門的で込み入った話に突入してしまった。どうやら新色の亀田縞を織る計画があるようだ。最終、「じゃあ一回…染めてみる?」との立川さんの一声で、糸のサンプルを新しく染めてみることになった。嬉しそうな星野さんと五十嵐さんを見て、「なんだか亀田縞で遊んでるみてぇだなあ!」と立川さんが、私たちに困り笑顔をしてみせた。しかしその声は、とても嬉しそうだった。

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立川織物の立川治秀さん(左)と奥さん(中央)、エフスタイルの2人。「からみ織」というガーゼのような織り地に2人は興味津々