アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#61
2018.06

音楽とアートが取り持つ、まちの多層性

広島・尾道1
4)「素通りのまち」にはしたくない
——信恵勝彦さんに聞く(2)

信恵さんは2011年の震災以降、音楽に注いできたエネルギーを避難者の保養や移住の支援に使う方針に転換した。あまりの事の大きさに「音楽やってる場合じゃないな」と率直に思ったそうだ。それでも毎年3月には「2011.3.11を想い、祈り、希望live」を開催。震災の被害や問題が山積していることを忘れることなく伝えるため、変わらない目利きを生かして素晴らしいゲストを招いたライブを続けている。そんな信恵さんが今最も気になるのは子どもと学校のことだ。

———50代、60代になってくると、尾道の悪さっていうのも見えてきて。それをちゃんとしてあげないと、本当の意味で住んでるひとが幸せにならないだろうなと思うんですよね。尾道から再移住していくひと、たくさんいます。今期だけでも3家族。子どもが小学校に上がる段階で再移住していくひとが多いですね。都会から来るひとは学校を選んできた経験があるけど、尾道は公立だけだから。私立とかフリースクールとか選択肢がないんですよね。でも、移住してくるひとたちっていうのは他のまちでも生きていける能力を持ってるひとが多いですけど、地元で生まれ育ったひとはそうもいかない。自分はフリースクールをつくるのではなく、学校を変えた方が早いんじゃないかなと思ってます。例えば宿題がないだけで、子どもはどんなに楽だろうって。もっとどんどん遊ばせないと。尾道に来ると子どもがのびのびしてますよ、ってなれば本物のまちになると思う。

会場も確保できていないのに情熱だけでEGO-WRAPINN’にコンタクトをとったあのころのように、段取りやお金はあとでどうとでもなるとばかりに、まず実践するのが信恵さんだ。2016年9月には向島に空き家を借り、半年以上かけてひとりで修繕。2017年3月に「みんなの家 立花ハウス」をオープンした。原発事故被災者の保養滞在場所として、移住希望者の家が見つかるまでの仮住まいとして、不登校など学校の日常にまいっている子どものためのバカンス場所として、子どもが生きる力をつけるキャンプ型宿泊体験場所などとして、格安で貸し出している。

———いいとこですよ。ちょっと歩いたら海だし。庭が広いので、野外に薪風呂、ご飯を炊く窯、バイオトイレもつくって。セキセイインコも8羽くらい飼ってます。近辺の放棄地とか、除草剤を撒いてるから真っ茶色でね。子どもにその野っ原を見せて、これ薬撒いたんだよ、でも撒くひとが悪いんじゃないからねって。どうすれば撒かないでいけるかねっていうのを教えてます。年とったらね、草刈りしんどいんですよ、実際。除草剤をやらないといけない理由も意見もあるんだけど、間違いではあるからなんとかいい方法を見つけ出そうねっていうのが本当の教育なんですよ。今の小学校の教育は、勉強する力はつくかもしれないけど、生きる力はつかないです。音楽のイベントひとつするにしても、そういう生きる力を意識していかないと、本当のまちにはならないかなあ。でないと、尾道が素通りのまちになっちゃう。難しいんですけどね。でも、仕方がないから諦めましょうっていうような空気にはさせたくない。生活しているとだんだんしぼんでくると思うので、音楽ライブのように、やればできるよっていうのを発信したいです。尾道に移住してきて定住するひとも、また新しい移住先に進むひとも、このまちで実りある生活をしてもらいたいです。そして、その実りから種を蒔いていってほしいです。その種からまた、たくさん新しい芽が出るといいな、と思います。

空いているから、開いているまち。トウヤマさんや信恵さんの話を伺いながら、そんなイメージが浮かんだ。トウヤマさんの言う「レイヤー」も、信恵さんの言う「やればできる」という実感も、すでに成熟し過密したまちではのびのびと育ちにくい性格のものだ。尾道は、個性のある空き家群・個々の自由を許すまちのサイズ・最低限の都市機能の3つがかけ合わさることで「やればできそうな気がする、素通りできないまち」になっている気がした。
次回は海外から家族で移住してきたデザイナーの女性や、島でチョコレート工場を始めた男性に話を伺いながら、「空いていることと開いていること」の関係性に迫ってみたい。

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店内にはCDのほか、「れいこう堂」主催の音楽ライブのポスター、無農薬・有機栽培の野菜、社会派フォトジャーナリズム月刊誌、子どもたちが自由に読める絵本などが一緒に並ぶ。信恵さんにとってはいずれも等価値だ

取材・文:姜 尚美
編集者、ライター。出版社勤務を経て、現在はフリーランスで雑誌や書籍を中心に執筆活動を行う。
著書に『あんこの本』『京都の中華』、共著に『京都の迷い方』(いずれも京阪神エルマガジン社)。

写真:石川奈都子
写真家。建築、料理、プロダクト、人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品発表も精力的に行う。撮影を担当した書籍に『而今禾の本』(マーブルブックス)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)『脇阪克二のデザイン』(PIEBOOKS)『Farmer’s KEIKO 農家の台所』(主婦と生活社)『日々是掃除』(講談社)など多数。

編集:村松美賀子
編集者、ライター。京都造形芸術大学教員。近刊に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など。