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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#60
2018.05

場をつくる × クラウドファンディング

京都・出町座 後編
1)クラウドファンディングがもたらす責任

前回、シマフィルムの田中誠一さんが語った「クラウドファンディングはやりたくなかった」という言葉。その真意をうかがった。

———クラウドファンディングは、「責任」が発生するものなんです。出町座に関しては、元々はシマフィルムの事業として成立するように計画していました。それだったら、僕らシマフィルムの判断で好きにやっていける。会社としての社会的責任だけをまっとうしていけばいい。だけど、クラウドファンディングで多くのひとたちから資金を得るということは、ある種の「公益性」が発生します。その責任も考えての運営になる。僕は事前にそのプレッシャーを想像できただけに、クラウドファンディングをやることにためらいはありました。(田中)

———僕は、当初からクラウドファンディングをやってみたかったのですが、田中さんと同じく、「一回開けたら閉じられない箱を開けてしまった」という感覚はあります。出町座の場合は、700人以上の方が資金提供をしてくださった。その方々はある意味、株主に近い感覚で僕らの事業を見ているわけです。特にトラブルはないのですが、やはりいろんな方々からの、それぞれの期待を感じています。(宮迫)

———たとえば、一本の映画を製作するための資金調達としてのクラウドファンディングはいい手段だと僕も思っています。映画が完成したら、クレジット・タイトルに協力していただいた方々の名前を載せ、上映会にお招きする。それで、責任は果たしたといえるでしょう。だけど、出町座の場合はずっと継続していく“場”なので、そう簡単にはいかない。(田中)

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(上)田中誠一さん(下)宮迫憲彦さん

(上)田中誠一さん(下)宮迫憲彦さん

事業やプロジェクトに対して外部資金を得ることには、必ず責任を伴う。だが、これまでの銀行からの融資や個人・企業からの出資、あるいは助成金などは、“責任の果たし方”がある程度、明確であった。だが、クラウドファンディング、特に継続的な場の運営に関してのクラウドファンディングでは、どうすれば責任を果たしたといえるのか、その共通認識がまだ確立されていないとも言える。そうした曖昧さも認識しながら、田中さんはクラウドファンディングをすることを選んだ。

———(クラウドファンディングを)僕としてはやりたくない。だけど、冷静に考えたらやらざるを得ない。僕らがつくろうとしているのは、映画をみる経験だったり、ここから何かと何かが出会って新しいものが生まれる反応だったり、そうしたことを望むひとたちが集まってくる公益の、文化の拠点ですから。そう考えたら、やはりクラウドファンディングがひとに伝える力はとても大きく、それを取り込んでいくべきだと判断しました。(田中)

———目標が達成してから、何ヵ月間は支援してくれた方々へのリターンの発送に追われますね。この労力はちょっと想像以上に大変です。(宮迫)

田中さんや宮迫さんは、手探りのなかで自分たちなりの「責任」を果たそうと日々努めているのだろう。実質的な設計は、宮迫さんの以前からの知り合いでもある梅本智子さんが担当した。クラウドファンディングとは何かを求めて、梅本さんを訪ねた。