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アネモメトリ -風の手帖-

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2012.12

「本」でつながる、広がる ひととまち

前編 東北の場合、仙台
4)「一箱古本市」から始まった
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前野さんが“店”という枠を超えて活動を始めたのは「一箱古本市」が最初だった。

「火星の庭」を開店して数年経った2006年の冬。店の経営が安定しないことを少々憂いながら、“ひとが集まるような何か”をやってみたいと思っていた。そんなときふと、東京で開催されていた「一箱古本市」を仙台でやってみたら、と思い立った。

「一箱古本市」は、段ボール一箱分の本を一般の方が持ち寄って販売する本のフリーマーケットのような催しである。始まりは東京の下町「谷根千(やねせん)エリア」(谷中、根津、千駄木)を通る不忍(しのばず)通りを「不忍ブックストリート」と命名し、本好きの視点で周辺地図を作製し、その地図を持って谷根千エリアの散策を楽しんでもらうイベントとして生まれた。古本を通じて、まちとひとがつながる。そんなことを仙台でも始めてみたくなったのだ。

開催すると決めたものの、問題は場所だった。谷根千エリアの「一箱古本市」のように、地元の商店街や公共性のある場所で始めたかったけれど、それには相当の準備がいる。まずは自分の店でやれるだけのことをやってみることにした。

考え始めるとアイデアがどんどん出てきて、夢が広がる。段ボール箱を並べる古本市にとどまらず、他県の古本屋さんを呼びたい。トークショーや展示もやってみたい‥‥‥。思いつきを「やりたい夢」ではなく、「やる現実」に変えていくのが、前野さんのすごいところだ。まちの小さな古本屋が、これまでやったことのないイベントを実現するにはいったいどれだけのエネルギーが要っただろう。前野さんを動かしていたのは「本を目指してひとが集まり、交流し、笑顔が交わされる。ただその光景を見たい」という思いだった。シンプルに、そのことを願っていた。

もちろん、ひとりではできない。夫で「火星の庭」をいっしょに経営する健一さんをはじめ、友人たちに集まってもらって、閉店後の店内で準備を続けた。前野さんをまんなかに、さまざまな立場から本と関わる人々が集まる時間。それはきっと、仙台が本のまちへと変わりゆく原点だったのではないだろうか。

初めての催し、「一箱古本市」は大成功だったが、反省することも多かった。なかでも前野さんがこだわっていたのは、このイベントの「野外での開催」だった。「火星の庭」の店内では、段ボール箱を置いたらいっぱいになってしまい、そこにたくさんのお客さんがやってきたものだから、売り手とお客さんが直接話ができるような状態ではなかった。谷根千の「一箱古本市」を主催するライター・南陀楼妖繁(なんだろうあやしげ)さんの「一箱古本市は街なかの野外で、店主が対面で売る体験がおもしろいし、重要だ」ということばが心にずっと残っていた。

折しも、仙台の老舗書店が閉店した矢先だった。ひとごとではない。本にかかわる仕事をしていれば、本の世界で起こることはすべてつながっている。前野さんは「一箱古本市」の反省を生かして次にまた何かやりたいと思っていた。そしてそれを、近しいひとたちといっしょにやっていこうとも思っていたのだ。「自分の店だけでは、がんばっていても先が見えてくるというのがあるんですね。東京と違って仙台くらいのまちだと、古本屋だけではイベントが成立しない。他に出版関係や学芸員の方や、ライターさんなどのように、同じ本に関わる仕事をしていても立場が違うひとたちがいっしょになって、異分野のひとと組んだりして、別の展開ができたら面白いな、と思ったんですね」。

まわりには「火星の庭」を始めてから知り合った本に関わるさまざまなひとたちがいた。ライター、編集者、書店員、リトルプレスの発行人、出版社の社員……。出版不況のなか、それぞれが危機感を持ち、「何か」やりたいと漠然と思っている。その背中をぽん、と叩いて「まずはみんなで集まろうよ」と声をかけたのが前野さんだった。