アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#52
2017.09

横道と観察

後編 細馬宏通 × ほしよりこ 対談 
4)物語のつくりかた
「大筋はあるけど、プロットは書かないです」(ほし)

細馬 『逢沢りく』っていう物語を始めるときにプロットは書いたんですか?

ほし プロットは書かない。

細馬 じゃあどこから描き始めるんですか? それがすごく不思議。物語を描き始めたら、こうやってこうやって、と頂上にのぼっていって、全部見通してから始めましょうってするひとが多いと思うんですけど、ほしさんはしないの?

ほし しないですね。本質はあるんですよ。関東ではなく東京、関西。すごく冷たい美少女、あとは動物に対することとか。関西に放り込まれて、追いつめられて、泣かす、みたいな。そういう大筋はあるんですけどね。

細馬 「追いつめられて、泣かす」っていうこの作者のまとめ、すごいよね(笑)。作者からするとそうだよね。

ほし 一番最後のシーンを描いているのは夜中の3時ぐらいだったんですけど、自分が苦しくて、「この子を一番追いつめたのはわたしだ」っていう自覚があったから、そのことに対して、すごくこみあげるものがありましたね。「すごい追いつめたな、しんどかったやろうな」って思いました。

細馬 罪悪感?

ほし いや、罪悪感というか……なんでしょうね。愛情やと思うんですけど、それこそ必要なことやと思っていたから、一番そこまでいって、でも自分でそれを乗り越えないといけないっていうのをやり遂げはるやろうし、でもきゅーって追いつめていく感じがあるから。

細馬 りくって途中から、ものすごい走り出すよね。

ほし 走りますね。

細馬 それは最初からこの子をよう走る子にしようっていうのがあったの?

ほし いや。ないです。途中から走り始める。とにかく逃げる。逃げる逃げるっていうことを身体的にやっていくんですけれど、いやーいやーっていうのを疾走させていく。

細馬 で、周りの反応はどうかというと、「めっちゃ速」って。そのギャップもすごい。そこに驚くんか、という。昼間から必死に走ってどうかしたん? とか思うのに、走るの速いってそこか、って。そこも変わってるよね。あと、最後泣くところがね! いろんな泣かせ方があると思うんですけど、誰かの前で泣かせるとかしてもよかったけど、この子はひとの前で泣くのを得意技にしていたから……

ほし そうですね。誰にも見られたくなかった。やっぱり誇り高さみたいなものを持っているひとやから、それは猫の死に際みたいに絶対見せたくないものやった。彼女は孤独だから、ひとりぼっちのひとは本当はそうする。

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細馬 最後の最後で蟹が驚くっていうのもね、僕は衝撃を受けました。いままでそんなバイプレイヤーいなかったでしょう。蟹、今までおらへんかったやん(笑)。最後の最後に何ええ役独り占めしとんねん。

ほし ずっと人前でしか泣けないって言ってた子がひとりで泣くっていうオチだけど、誰も見ていないわけではないことを見せたかったんですよ。それがたとえ蟹であっても。蟹が見て、確実にびっくりしてるから、そこに何もないわけではないっていうことを描きたかった。

細馬 生き証人というか、目撃者というか。そういうことがあったんやで、っていうのをちゃんと見ていてくれるひと、いや、蟹。

ほし そうですね。そういうのを見ていてくれる存在がある、絶対的に孤独じゃないっていう。

細馬 あの蟹どうすんねやろ? あとで巣に帰って、巣にはひとりしかおらへんか、連れ合いひっぱりこんで、「すごかったで」って。それもハサミで説明する。片方のハサミがでかいからな(笑)。蟹の説明、見たいよね。蟹目線の『逢沢りく』。

ほし 「タニシが聞いてたわ、それ」みたいな(笑)。

細馬 タニシからしたら、なんか大きな動物がやってきてぐおーって。インパクトだけの印象で。『逢沢りく』海辺の生き物編。上下巻のほとんどでりくは出てこない(笑)ずっと蟹、ときどきタニシみたいな。

ほし 増水したりして蟹は蟹で大変。

細馬 満潮干潮でね、引っ越しとかいろいろあるやろうからね。