アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#51
2017.08

横道と観察

1 細馬宏通 「枝豆理論」で生きてきた
2)目の前のことを「観察」し、ひたすら考える

———中学・高校時代、つくるほうはどうだったんでしょう?

なかったね。あえていうなら、紙くずとか誰かが道端に捨てたいらないものとか、よくわからないゴミを拾ってきて、これとこれを組み合わせたらどんな発明ができるんだろうとか、そういうことをぼんやり考えてました。「拾ったもので妄想する」みたいな。

———思い浮かべていただけで、実際に書いたりしなかったんですか?

小説めいたものを書こうとしたけど、全然書けなかった。原稿用紙に向かって2枚目くらいで「あ、こんなんじゃなかった!」って捨てて、また最初から同じことを書いて、を繰り返してた。ちっとも始まらなかった。
今にして思えば、まず設定やプロットを立てて、キャラはこう、世界はこうなっててこうなるってところから始めたら、挫折するにしてももう少し続いたとは思うんだよね。ところが、そのころは語り手や主人公が誰かもまったく考えず、当てずっぽうで書いていて。

———当てずっぽうで、行き当たりばったりなところは、その先もずっと続くんですか?

大学入っても大学院入っても、そんな感じだったと思いますよ。自分で何かあるテーマを立てて表現したいって強い意志があんまりないんだよね。目の前のものを分析することはできるんだけど、自分でプロットを立てて何かをつくることはできない。
今もそういうところあるかもね。どっちかというと「目の前のことを考える」ことが性に合ってるのかな。

———「目の前のことを考える」は、ホソマさんのキーワードだと思うんですけど、大学は理学部に進学、しかも研究対象は「シャクトリムシ」ですよね。そこで理系だったのはなぜですか?

中学のときは物理学の話が好きだったんです。講談社のブルーバックスという選書があって、都筑卓司さんが書かれた本なんかをよく読んでいて。その頃物理学といえば湯川秀樹さんの出た京都大学でしたので、行ってみようかと。でも、周囲が超優秀な連中で、僕の出る幕じゃないなってすぐに諦めて、生物に転んだんですね。その頃、(京大理学部にいた)日高敏隆先生の訳したローレンツやティンバーゲンの本を読んで、これは面白いと思って。高校までは生物の「せ」の字もなかった。別にモンシロチョウを追いかけたとか、虫マニアだったわけでもない。
で、日高ゼミに進んで「かたちが変」というのは興味があったので、まずは擬態や模倣から入ってみようか、と思ったんですね。まあ、これも当てずっぽうですよね。

———日高先生のご著書にホソマさん登場しますよね。「研究室の細馬君は、徹夜でシャクトリムシを観察していたが、ほとんど動かないのでフィールドノートは埋まらなかった。その後、研究テーマをよく動くトンボに変え……」などとありました。シャクトリムシからトンボへ、やがては人間の行動に移ったわけですね。

目の前のことを考える学問の領域って文系理系を問わずあるわけですよ。動物行動学はそのひとつ。最初はとにかく観察で始まる。とにかく虫でも何でもいいから、対象を決めたらひたすら見ろってところから始まる学問です。もちろんそれで終わりってことじゃなくて、観察の結果を使って、それが進化的にどういう意味があるのか考えるってのが重要なんだけど、僕には進化的意味よりも、実際に観察したやりとり自体、コミュニケーション研究が面白かったんです。
コミュニケーション研究にとどまるってのは実をいうと、動物行動学のなかではそんなにメジャーな方向じゃないんですね。一方、そういう領域は生物学以外にもあって、たとえば社会学のエスノメソドロジーや会話分析、文化人類学といった領域には、会話であるとか目の前で行われたことをひたすら考えて、そこから何かを引き出す研究がある。あるいは、発達心理学で養育者と子どもの関係をとにかく観察しましょうって研究も、80年代から90年代にかけて出てくるようになった。それで僕は、動物行動学出身なのに社会学や文化人類学、心理学と関心領域がつながっちゃったんですよね。
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ちなみに、中高時代によく読んだ小説は安部公房(ほぼ全部)や遠藤周作など。なぜか、あまり乱読はしなかった

ちなみに、中高時代によく読んだ小説は安部公房(ほぼ全部)や遠藤周作など。なぜか、あまり乱読はしなかった