アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#50
2017.07

奈良・東吉野村 移住と仕事のいま

4 「今、ここ」を生かし、未来をひらく
1)木立の向こうの私設図書館「ルチャ・リブロ」

早朝の東吉野村は、空気が澄んでいた。
誰と行き交うこともなく、川沿いを歩く。村のはずれには「天誅組終焉の地」の石碑が立ち、倒幕に命を捧げた幕末の若者たちの足跡を今に伝える。その傍らの、苔むした石橋を渡ると、杉の木立が鬱蒼と広がっていて、聞こえてくるのはせせらぎの音。ここがいつの時代なのか、忘れてしまいそうだ。
針葉樹の香りに包まれながら緑陰を抜けると、ふいに視界が開け、大きな平屋の民家がぽつんとあった。小さな植木鉢があり、家の裏手では山桜の木が枝を広げている。
ここに古代地中海史研究者の青木真兵さんと元図書館司書の海青子(みあこ)さん夫妻が暮らし始めて、1年が経つ。

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清い川を渡り、森を抜ける。おとぎ話のようなロケーション

ふたりが兵庫県西宮市からの引越しを考え始めたのは、数年前だった。まずは、蔵書を置く場所がほしかったこと。それに、ふたりとも体が丈夫ではなく、都市部で働く無理を感じていた。
最初は尾道や丹波篠山といった、比較的ひらけた地域を考えていたが、たまたま東吉野を訪れ、「オフィスキャンプ東吉野」(以下オフィスキャンプ)に立ち寄る機会があった。坂本さんや菅野さんと意気投合し、奈良に目を向けるきっかけとなった。

———東吉野のこぢんまりした、ひらけていない感じが、よくいえば守られている感じ、悪くいえば閉鎖的。でも人柄は閉鎖的じゃなくて、そこが面白いギャップでした。(真兵さん)

せっかくだから貸本屋でもしようかと話し合ううち、マイクロライブラリー(私設図書館)をつくろうと考えるに至った。2016年3月に西宮市のマンションを引き払うと、引っ越してわずかふた月で新居の一部を図書スペースとして整え、人文系私設図書館「ルチャ・リブロ」と名づけた。
図書館といっても、1,000冊あまりを収めたこぢんまりしたところだ。図書スペースは和室2部屋と板間部分。畳も床の間も元のままで、ソファやこたつが止まり木のように配されている。時おり、青木家の猫も顔を出す。

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改装などはほとんどせずに使っている。本棚は地元の大工が「買うよりも安上がりだから」と、山の木を1本伐り下ろしてこしらえてくれた。人文系の本は主に真兵さん。絵本や紙芝居は、児童文学の研究をする海青子さんの父から譲り受けたものが多い

改装などはほとんどせずに使っている。本棚は地元の大工が「買うよりも安上がりだから」と、山の木を1本伐りおろし、こしらえてくれた。人文系の本は主に真兵さん。絵本や紙芝居は、児童文学を研究する海青子さんの父から譲り受けたものが多い

スタートはいたってマイペース。山の奥深くで、大々的に告知しているわけでもないし、開いているのは日、月、火のみ。雪に閉ざされる冬場は休館。だから当然、訪れるひともまだまだ数少ない。だが、それはある意味予想通り。ここは多くのひとに本を借りてもらう、いわゆる図書館らしい図書館を目指しているわけではないのだから。
奥大和に移住してきた若い親子や、地元の60代、70代がやってきては「ここができてよかった」と喜ぶ。ここは公立の図書館がない東吉野村で唯一、本を借りられる場所なのだ。ツイッターを通じて知ったひとや、マイクロライブラリーに関心のあるひとも遠方から訪れ、扉を叩く。
「行政の代わりやコミュニティのためというより、どちらかといえば10年20年先を考えて、思いが同じひととつながるベースづくり」と真兵さんは言い、「人口の少ない土地なのに、気の合う『濃いひと』と出会う確率が高いんです」と海青子さんが笑う。

———本棚の公開って、カミングアウトの意味合いもあって、けっこう恥ずかしいことでもあるんですけれど、こっちがカミングアウトしているから、来たひともカミングアウトしてくれる。誰でも来られる便利な場所やまちなかでは、私たちにはできなかったかも。山に守られている東吉野の感じとか、石橋を越えて森を抜けないとたどり着けないロケーションは、必要だったかもしれないな、と思います。(海青子さん)

川の向こうから、ルチャ・リブロを眺める

川を挟んだルチャ・リブロの眺め