アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#47
2017.04

移住と仕事のいま

1 商業デザイナー、坂本大祐さんの移住 奈良・東吉野村

1)村の新しい拠点「オフィスキャンプ東吉野」

峠を越えて東吉野村に入ると、川音が迫ってきた。釣りびとを誘う「おとり鮎」の幟がはためき、青く澄んだ渓流には深い杉の森が影を落としている。
東吉野村は、水と森が育んだ古い集落である。天武天皇が創建したといわれる丹生川上神社には水神が祀られ、集落に沿って流れる高見川は、かつて山から伐りだした吉野杉を搬出する水路として役割を果たした。
山の恵みに支えられ、昭和35年には9,000人以上の村民が生活していたこの村も、林業の衰退とともに村を離れるひとが増え、昭和55年には人口も約半数に減少した。平成26年には総人口2,084人、うち65歳以上が半数を占める。
過疎にあえぐこの村が、クリエイターの集まる村として取りあげられるようになり、30代から40代前半を中心とした移住者が増えようとは、数年前まで誰も想像しなかったに違いない。さまざまな職種のひとびとがいま、この村で暮らしを営んでいる。デザイナー、写真家、陶芸家、現代美術家に研究者。仕事の内容がひとりひとり異なれば、生活スタイルもまた十人十色だ。
たっぷりとした水量を誇る高見川が、もともとは山懐からじわりと染み出した一滴から始まったように、この新しい移住の流れも、たったひとりのささやかなきっかけから生まれた。その「最初の一滴」が、大阪出身のデザイナー、坂本大祐さんだ。

出合橋のたもとにあるシェアオフィス「オフィスキャンプ東吉野」。ドアをあけると、コーヒーの香りが鼻腔をくすぐり、築70年の民家を軽やかにリノベーションした館内に、春の日差しがたっぷりと注いでいる。カウンターでコーヒー片手に談笑していたひとが、「ダイちゃん、お客さんだよ」と言うと、ミーティングテーブルを囲んでいたニット帽の男性が、にこっと笑って手をあげた。まなざしが柔らかい。それが、坂本大祐さんだった。

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坂本さんは、フリーランスで商業デザインをしながら、この村の新しい拠点となる「オフィスキャンプ東吉野」を、県・村、そして移住してきたクリエイターとともに立ち上げ、管理運営を行う。この施設には、2015年春の設立以来、全国からのべ2,000人以上が訪れている。そこから新しい関係が生まれ、仕事やプロジェクトにつながっていく。坂本さん自身もこの場所と関わるうちに、各地で地域振興についての講演を頼まれたり、移住のイベントに関わったりする機会が多くなった。
ひとりで幾つもの役をこなす、坂本さん。この日も奈良県庁の担当者と、大阪で開催される「奈良県・奥大和移住セミナー」について話しあったあと、クライアントと電話で打ち合わせ。それが一区切りつくと近所の人にコーヒーを出し、カウンターで世間話をしている。ふらりと立ち寄った移住希望者に、施設を案内する。そのあとはフリーランスの友人たちと、お互いの仕事について忌憚のない意見を交わしたり、情報交換をしたり。
次々とパスを繰り出しながら走るラグビー選手のように真剣で、片時も休むことがない。けれどもその様子の、なんといきいきと楽しそうなことか。そんな坂本さんを、移住者も地元のひとも「大ちゃん」「坂本さん」と呼んで慕っている。

坂本さんは2006年に移住し、今年で11年目になる。彼は、東吉野村が注目されるきっかけをつくった近年の移住第1号にあたるのだが、本人にその自負は感じられず、いたって自然体だ。

———ここで暮らし始めたのは、まったくの偶然から始まったこと。僕にとっての東吉野移住は、むしろ不本意なイメージだったんです。

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高見川のほとりに佇む大きな民家を改修した / 「オフィス」と「キャンプ」を併せてみたら? という発想から名称が決まった / 地元の木材を使ったテーブルで、打ち合わせや作業をする

高見川のほとりに佇む大きな民家を改修した / 「オフィス」と「キャンプ」を併せてみたら? という発想から名称が決まった / 地元の木材を使ったテーブルで、打ち合わせや作業をする