アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#45
2016.11

本、言葉、アーカイヴ

後編 共有し、受け渡していくために
8)思いを取り込み、変わりつづける
小森はるか+瀬尾夏美さん(4)

『波のした、土のうえ』は、せんだいメディアテークでの企画展「記録と想起・イメージの家を歩く」展から始まって、陸前高田市、盛岡市、神戸市、仙台市、福島市など全国を巡回している。そのつど、ゲストを招いて話をしてもらったり、上映後に来場者と話す機会をつくったりしてきた。瀬尾さんいわく”対話のための装置としての展覧会、上映会”は、各地でどのように受け取られたのだろうか。

———ロンドンで震災を知らないひとに届いたって話をしましたけど、日本はどうしても震災の記憶が近いし、震災に関わることに抵抗のあるひとも多いと思うんです。避けるというか。悶々として動けなかったひともたくさんいるし。そういうひとたちが、あの作品について語れるというか、自分の経験や記憶を引き寄せて言葉にしてくれる、わたしたちに話してくれることもあって。
それはひとつ、(出演者の)話しかたにもあると思うし、瀬尾の書く言葉選びもあるし。そもそもたくさん話を聞いているなかで、瀬尾は短いテキストに個人的なものも抽象的なものも、物語として入れているから、”関わりしろ”としてできていたと思うんです。あの作品を見て話す哲学カフェもいろんなところでしているんですけど、集まるひとや地域によって受け取られかたも言葉も、主題も全然違っていて。そういうものを取り込むものだなと思っています。(小森さん)

瀬尾さんが「言葉にならないこと、なりきれないこと」を、あえて言葉にして、小森さんが編集を行うことで、この作品はひととひとをつなげ、今とそれ以前、そしてこれからを結ぶ。だからこそ、見るひとや見る状況によって受け取られかたも違うし、そこで生まれるものも違ってくる。そのたびに作品は育っていくともいえる。
小森さんと瀬尾さんにとっても、作品の印象は毎回違う。

———映像になっていることで文章を振り返ることもあるし、自分の罪みたいなものを非常に思うときもあるし。言葉にさせたのもあるし。寝ちゃうこともあるけど(笑)。つくったものとどう向き合うかは、すごく重要だと思っています。(瀬尾さん)

短くてごくシンプルな内容なのに、不思議なことに、一度観たから終わり、という感じがしない。ある言葉、ある映像が記憶に残って、まったく関係のないときに、ふとそれが頭に浮かんだりもする。あるいは、観たときに湧き起こった感情が、何かの折に出てきたりもする。なんというか、いつまでも終わらないのだ。
作品の出演者にも、何度か見つづけるなかで変化が起こっていた。

———阿部さんが何度も見てくれて、それでまた思い出したりして、感想が変わってくるんですよ。例えば「死んじゃったひとはずるいよね」という言葉があるんですけど、当時その場で聞いて印象的だったから書いたけど、自分はそんなこと思ってないと。家族に対してはそういう言葉が出るかもしれないけど、死んだひとが一番つらいだろうから思ってないと。でもわたしたちの作品だから我慢しようと読んでくれたんです。それを言われたときに、言わせてしまったと思って。
でも、数ヵ月後に、あの言葉の意味が最近わかってきた、と。あれは、わたしたち生き残ったひとへのねぎらいだったと言うんですね。そこまで深く考えてなかったし、入れたほうがいいと思っただけだけど、そう思って彼女は映像を見てくれている。(瀬尾さん)

言った当人も実感のなかった言葉が、作品として朗読することによって、まわりまわって自分の言葉になる。このつくりかたあってのことだろう。

———面白いなと思います。5年経てば意味はまた変わるだろうし、一緒に観てみたい。そういう変化と、生身の人間関係のなかで生きているなかで発表することを考えたいなと思っています。(瀬尾さん)

「津波のあとの風景を書いている」と瀬尾さんは言う。二度失われつつあるまちの記憶をとどめ、過去と未来をつなぎ、未来からまなざすために。
小森+瀬尾の作品を、フィクションかノンフィクションか問うことは、たぶんあまり意味がない。そこにあるのは、その境界をはるかに超えたずっと遠くから、あるいは心の奥底深いところからの言葉だ。繰り返し語られることで、その意味もありかたも変わりゆく、豊かで深い物語だ。客観的な記録は、多くの事実をとどめ、語ってくれる。そのいっぽうで、表現は普遍性を帯びることで、ひとの共感を呼び覚まし、語り継がれるものとなりうる。そのいずれもが、できごとを伝えていくためには必要なのだと思う。

ふたりは息長く関わっていくために、2015年に仙台に移った。陸前高田と仙台を行き来しながら、活動を続けている。真摯に、ていねいに。

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「記録と想起・イメージの家を歩く」(写真:せんだいメディアテーク、撮影:越後谷出)