アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#43
2016.09

挑戦し続けることの力

後編 「もの」と「ひと」の両面から目指す、幸せな島づくり

島根県の本州部分から北60キロの海上に浮かぶ隠岐諸島の海士町(中ノ島)。「地域活性化」や「移住」といったテーマになれば、必ずと言っていいほど「成功例」として名前が挙がるまちであるが、実際のところはどうなのだろう。「成功した」と言われるからこそ浮かび上がってくること、先を行くからこそ生じている新たな問題もあるのではないだろうか。そうした問題意識を持って、この島の現状について、立場の異なる5人の人物に話を聞いた。

前号の前編では、そのうちの3人の話を紹介した。9年前に移住してきた I ターン者の阿部裕志さん、海士町出身で40年以上にわたってこの地で農業を営んできた向山剛之さん、そして、一度島を離れ、都会で18年間暮らした後に海士町に戻り、旅館と居酒屋を経営するUターン者の中村徹也さん。
「成功したなどとは誰も思っていない」。異口同音にそう言って彼らが語ってくれた問題は、主に一次産業の衰退や後継者の不足についてであった。海士町に移住するひとは多く、それはそれでとても大きなことである。しかし、海士町の根幹をなす農業や漁業といった一次産業の従事者が高齢化するなか、その担い手が育っていない。一次産業がこのまま衰退していけば、いくら移住者が多くてもこの島は成り立たない。その点をどうすればいいのか、といったことを、各人がそれぞれの立場で考えていた。

一方、後編では話の軸を教育へと移す。
教育は、一次産業とともに間違いなく島の未来を左右するものである。海士町では、その重要性を早くから意識し、改革に取り組んできた。島が今のように全国的な注目を集めるようになった発端のひとつが教育の改革にあったともいえる。しかしやはりここでもさまざまな問題があり、現場のひとたちは悩んでいる。
その率直なところを、この島の教育改革に関わったメンバーのひとりである豊田庄吾さんに聞いた。どうすれば子どもたちに島の歴史や文化を引き継ぎ、この島のこれからを担っていこうという自覚を育てることができるのか。今抱えている難しさは何なのか。

そして最後は山内道雄町長である。2002年以来、町長として海士町の変革を率いてきた山内さんに、広くお話を伺った。
前編同様、できる限り現在の海士町のリアルなすがたを伝えたい。

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町長室にあった「キンニャモニャ音頭」のプレート / シンガポールから来た大学生たちが、隠岐國学習センターで高校生向けの授業準備をしていた / 町民のコミュニティスペース「あまマーレ」では、自主的な催しが多数行われている