アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#41
2016.05

幸せに生活するためのデザイン 雲仙小浜から

後編 「ソーシャル」の本来的なありかたを実践する
1)仕事と生活のありかたに目ざめる
スタジオシロタニ・山﨑さんと古庄さん(1)

現在、スタジオシロタニにはスタッフがふたりいる。城谷さんのアシスタントの山﨑超崇(きしゅう)さんと、刈水庵の店長古庄悠泰(ゆうだい)さんだ。それぞれ学生のとき、別の道筋を辿って城谷さんに出会い、山﨑さんは2012年、古庄さんは2013年にスタッフとなった。ともに県外出身者で、小浜とはそれまでかかわりもなかったけれど、仕事と生き方を考えての選択だった。ふたりは現在、刈水庵から徒歩数分のところで、大きな一軒家をシェアして生活している。
山﨑さんは現在、30歳。熊本出身、福岡で会社勤めを経て、24歳のとき、デザインの専門学校で学びはじめた。

———高卒後、6年間社会人をやっていたんですね。不動産会社に勤めて、毎日忙しくしていました。でも、稼いでもお金の使いかたがわからないし、貯めるにしても、貯めて何したいのかわからないんです。そして、稼いで使うというサイクルのなかで、人間は複雑なのに、世の中がこんなに簡単でいいのか、と考えるようになったんです。

都市に住み、企業で働くスタイルは、お金を循環させる消費サイクルのなかで生活することでもある。山﨑さんはその外に出ることを考えた。
地に根ざし、理にかなった生活をしているひとをイメージしたとき、思いついたのは「デザイナー」や「農家」だった。もともと、ものをつくるのが好きだったこともあって、デザインを学ぼうと専門学校に入学した。そこで城谷さんに出会うことになる。

———学校では、売れることを重視した教育が主でした。でも、それだと技術は身についても本当の意味で思想から学ぶことはできない。また消費するだけの自分のまま社会に舞い戻ってしまうことを恐れたんです。そのとき城谷さんが講義に来られて。自分を消費しすぎない、適切な消費というか、生産も消費もほどほどにしたら、けっこう余裕をもって生きていけるし、それは選択できるんだよ、小浜でも、というような話をしてくれました。

デザインを学んだとしても、消費サイクルのなかにとどまり続けるのでは、と思い悩んでいた山﨑さんにとって、城谷さんの話は、まさに“奇跡的”ですらあった。すぐさま、インターンに行きたいと城谷さんに願い出て、福岡から小浜にやってきたのだった。

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(上)山崎超崇さん(下)古庄悠泰さん

(上)山﨑超崇さん(下)古庄悠泰さん

一方の古庄さんは26歳。福岡県糸島市で生まれ育ち、九州大学に進学。芸術工学部でデザインを学んでいたが、デザインで何をしたいのかがつかめないまま、日々を過ごしていた。しかし3年生のとき、授業のゲストとしてやってきた城谷さんの話を聞いて、衝撃を受けたのだった。

———僕のデザイナーのイメージは、都会でばりばりに働いていて、ミラノサローネに出して、雑誌に出てるひと、という感じだったんですが、城谷さんは違った。僕らの中間発表を聞いてもらって、アドバイスをいただいたんですけど、やわらかい物腰で、惜しみなくいろいろなことを教えてくれました。そのあと、パワーポイントで自己紹介のように城谷さんのいろいろな仕事を見せていただきました。20分ぐらいの短い時間でしたが、それにめちゃくちゃ感動しちゃって。
当時就活中だったこともあって、デザイナーの仕事を漠然とイメージはしていたんですね。でもそれとは全く違うデザイナーのありかた、価値観をいきなり叩きつけられたというか。衝撃を受けました。デザインというより、もっと深い思想の部分というか。ひとつのものをつくるプロセスとか、「400年続いている歴史あるものを現代で使ってもらうことによって、現代の職人が生きていける世界をつくるにはどうしたらいいか」とか、根本的なところをお話してくださったんです。城谷さんに会って初めて、もっと知りたいという探究心が出てきたので、自分でも驚きましたね。

山﨑さんは「稼いで使う」という消費サイクルから逃れたいと思い悩み、古庄さんはデザインとどうかかわっていくのかを見い出せないでいた。ともに城谷さんに出会うことで、一般的な価値観にとらわれない、豊かな仕事と生活のありかたに目が開かれたのだと思う。