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#263

駅名と夢想
― 君野隆久

駅名と夢想

(2018.04.15公開)

駅名を読むのが好きだ。車両に乗って、仰向いてドアの上に掲げられている路線図をたどっていると飽きない。近畿圏のJRだと阪和線から和歌山線の駅名に妙に心がそそられる。百舌鳥。鳳。信太山。志都美。掖上。粉河。布施屋。折口信夫や説経節を思い出す。中世の古伝説をつたえる人やものの匂いを連想する。だが実際にそれらの駅に降り立ったことはない。名前しか知らないから空想に遊べるのだろう。

駅名は夢想をそそる。『失われた時を求めて』には駅名から呼び起こされる連想を延々とつづる箇所がある。「バイユーは、赤みをおびた高貴なレースに包まれてひときわ高くそびえ、その頂は最後のシラブルの醸しだす古色をおびた黄金色に照らし出されている。ヴィトレは、そのアクサン・テギュのせいか、古いガラス窓に菱形の黒い木枠をつけている。穏やかなランバルは、白い衣に包まれ、卵の殻のような黄色からパールグレーへと移り変わる。……」(「土地の名―名」吉川一義訳)。プルーストの場合は文字から色彩へという共感覚的な連想が主になっているようだ。

京都に来たばかりの頃は、京福嵐山線の駅名が不可思議な、なにか神秘的なものに感じられた。蚕ノ社、太秦、帷子ノ辻、有栖川、車折神社。太秦には字面にも音にも古代の大陸ふうの空気がある。蚕ノ社は文字通り養蚕と関係があるのだろう――静かな五月に暗い小屋の中で多数の蚕が桑の葉をはむさざめき。帷子ノ辻は字面がなんだか怖い。辻斬りに遭いそうだ。有栖川には貴族の邸宅があって深窓の令嬢がうつむいている……と、プルーストにくらべるとあまりにくだらない連想しか浮かばないのでやめておこう。

先日、ソウルを訪れた。移動のため地下鉄に毎日乗っていた。そして車内ではいつものようにドアの上の路線図を眺めていた――というより降りる駅を見逃すまいとほとんどにらんでいた。路線図はハングルとアルファベット表記だけなのだが、駅の名票には漢字表記があり、時にカタカナでも表記されている。ソウルの地下鉄の駅名は、「市庁」とか「東大門」とか「高速ターミナル」のようにきわめて散文的なものがある一方で、音も字面も駅名好きの関心をそそってやまないものがある。

노량진。ノリャンジン。音だけ聞くとたちの悪い野良猫がうろうろしていそうだ。漢字表記は「鷺梁津」。ははあ。大きな川につきだした木の枝に鷺がとまっているのかな。はたしてこの駅は巨大な水産物市場を擁した場所だ。漢江のほとりの駅に옥수オクス、そしてその二駅さきが약수ヤクス。漢字では「玉水」に「薬水」だ。きっと霊泉のようなものが湧いていたにちがいない(そういえば奈良線にも「玉水」という駅があった)。녹사평ノクサピョン。音だけ聞くと突拍子もなくて、なんとなく浮ついた街をイメージする。漢字表記は「緑莎坪」……緑の砂の坪?シュルレアリスムっぽい……(と思ったがあとで調べると「莎」は植物の名称のようで、「緑の草の土地」と考えると素朴な地名である)。実際の緑莎坪駅を降りて歩いてみると「解放村アートビレッジ」という看板があった。「解放村」というのは朝鮮戦争後に北へ帰れなくなった人々が暮らす地域のことらしい。今はアーティストたちが住みつき、通りにはさまざまな国の人が歩いている。

はたまた「銅雀」ドンジャク……鈍く光る太った雀の銅像。あ、京都に「蚕ノ社」があったが、ソウルにも「蚕室」チャムシル・「蚕院」チャモンがある……いずれ本やネットを調べればそれぞれの駅名のいわれがわかるのだろう。しかしただ空想にまかせて路線図の駅名をたどっている時間も悪くない。老眼で車内でスマートフォンをいじるのが苦手というのもあるけれども。