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#147

保育環境のデザイン
― 早川克美

sora_94

(2016.01.24公開)

現在、私は昨年度から、ミサワホームと東京大学の共同研究のチームに参画し、保育環境の創造に関する研究を手がけている。今日、保育の方針や手法は様々なアプローチで研究されているが、保育環境については、まだまだ十分とはいえない状況である。保育環境は、日常の中で、無自覚になりがちだからこそ、その重要性を説き、子どもの成長との関係を明らかにしていく必要があると考えている。

子どもの可能性と子供の権利を保障する実践として、世界の注目を集めているレッジョ・エミリアの幼児教育では、「環境は、第三の教育者(Environment as a third teacher)」と捉え、空間が、子どもたちの社会的、感情的、認知的な学びに火をつける可能性があると同時に、幸福や安心感の感覚をもたらしてくれると考えている。教育アプローチの一部として、教師が子どものために空間を魅力的に作る方法を探求する道が開かれているのだ。想定しうるつながりや構造のネットワークの中にある人と人とのやりとりや、人と建物との相互作用を生み出すと同時に、コミュニケーションを生み出すために、全てのものが注意深く選ばれ配置されている。また、教師は子どもの興味と考えを拾い上げ、それを同僚の教師たちと分かち合って議論し、そして対話や道具や素材や空間の構成と結びついた方略に乗せて、それらの考えを発展させたり結びあわせたり、形を変えたりして子どもたちに返している。レッジョの保育者は、日々の生活の中で、つい無自覚になってしまうような保育環境についても自覚的であろうと努力しているのである。

さて、それでは日本の保育環境はどのような実態なのだろうか。
私が参画している東京大学とミサワホームの共同研究チームでは、平成二十六年の調査で国内の保育園七カ所を視察、保育関係者にヒアリングを実施した。某保育園では、まず、設計した建築家へのインタビューを行った。写真や図面で説明を受けたその内容は、子どもの居場所の階層性に着目した空間構成で、機能的かつ美しいものだった。しかし、実際に現地を訪れると、建築家の話とは異なる使われ方がなされており、園長先生の話では、「保育方針に合うように、一年かけて環境を整えていった」とのこと。設計段階と利用段階の乖離が起きている。どうしてこのような矛盾した状況が生まれてしまうのだろうか?

十分に考慮されて計画されたはずの空間が計画通りに使われていない、という問題の原因には、大きく二つの課題がある。一つは、スケジュールの問題。許認可のために短期間の工程で設計を仕上げなくてはならない事情が、設計者と保育関係者の十分な議論を阻んでいる。もう一つは、設計者と保育関係者間の共通言語の不在という問題だ。保育関係者は設計の素人であるため、図面や模型だけで空間を理解することはなかなか容易なことではない。計画の過程で、実際に活動している状況をリアルにイメージすることが可能となれば、相互の意思疎通はスムーズになり、完成後の矛盾も回避できる可能性がある。

調査から見えてきた二つの課題の内、研究チームでは、共通言語の不在に対し、共通言語になりうる支援ツールを開発することとした。支援ツールは「保育環境創造カード」というカードである。設計者と保育関係者の打ち合わせの場で、トランプ型のカードを使用して議論を深めてもらうという趣旨だ。カードの表面には、子どもの活動を、遊び、生活、社会性というジャンルに分けて1枚に1活動を表し、裏面は、その活動空間のイメージを文章で示し、活動が成立するための条件を具体的に提案している。このカードによって、設計者と保育関係者相互のやりとりが円滑に運ぶことを意図している。また、空間における活動によって得られる教育的目標として、ハーバード大学のハワード・ガードナー教授が提唱した「多重知能理論」と、OECDのレポートによって注目されている「社会情動的スキル」を参考とした、「八つの知性と五つの心」を提示し、保育関係者が確認できるようにしている。

平成27年の今年は、このカードを実際に設計者と保育関係者の間で使用してもらう実験を行っている。カードの有用性を明らかにしたいと考えている。

カードの詳細に興味を持たれた方は是非こちらにアクセスしていただきたい。PDFでカードデータがダウンロードできるようになっている。
http://soken.misawa.co.jp/hoikuri/index.html