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#206

お釈迦さまのはなくそ
― 石神裕之

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(2017.03.12公開)

早春の京都には、「涅槃西風(ねはんにし)」と呼ばれる風が吹く。

それは「涅槃会(ねはんえ)」の前後に西方浄土から吹く風とされ、強い西風を指す言葉だ。

この「涅槃会」において授与されるのが、「はなくそ」。

掲出の写真がその実物であるが、かなりの大粒である。

まずは「はなくそ」が何かを説明する前に、「涅槃会」について解説しておきたい。

そもそも「涅槃会」の「涅槃」とは何かというと、仏教用語のひとつである。すべての煩悩の炎が吹き消されて、智慧が完成する悟りの境地に至った状態を指している。

しかし実際には、お釈迦さまがインドのクシナガラ近く、ヒラニヤヴァティー河のほとりのサーラの林で横たわり入滅したことを指し、その姿を絵としたのが「涅槃図」なのである。

この「涅槃図」を旧暦二月十五日の釈迦入滅の日に仏堂に架け、法会を営むことを「涅槃会」というのだ。

ちなみに京都の寺院では、宗派の別なく所蔵されており、いまごろの時期には東福寺や泉涌寺、本法寺などで特別公開が行われている。

掲出の写真の「はなくそ」が授与されているのは、真正極楽寺、いわゆる真如堂(しんにょどう)【京都市左京区浄土寺真如町】である。

天台宗の寺院であり、室町時代末期に作られた絵巻、『真如堂縁起』によれば、永観2年(984)、一条天皇の母である東三条院藤原詮子の発願により、延暦寺常行堂にあった阿弥陀如来像を神楽岡(吉田山)の東の女院離宮に移したことにはじまるという。

旧暦10月に行なわれる「十夜法要(お十夜念仏)」の創設の地としても知られ、現在11月15日の法要の結願の日には、本尊である円仁作と伝わる阿弥陀如来像(国指定重要文化財)を間近で拝することができる。

さて、この真如堂の誇る寺宝のひとつが、三井家の寄進と伝わる「大涅槃図」だ。

縦6.2メートル、幅4.5メートル。宝永6年(1709)に厭求(えんぐ)という僧の指導の下、海北友賢によって描かれたものであると伝わる。

さて、この「涅槃図」を丁寧に眺めてみたい。

まず、十五夜の満月が中央に描かれ、右上の雲間に、お釈迦さまの生母である摩耶夫人が駆けつける姿もみえる。

そして8本の沙羅双樹(4本は入滅の悲しみで枯れ、残り4本は供花として花が咲く)の根元に、北を頭に、西を向いて横たわるお釈迦さま。

そのまわりを菩薩など数多くの仏弟子たちが取り囲み、その光景は荘厳なものがある。

くわえて弟子のみならず動物や、本来の「涅槃絵」では描かれることが稀な魚類、昆虫などもおり、本邦最多とされる127種類もの生物が描かれている点は特筆される。

そこに描かれる姿もとても写実的であり、動物たちは手向けの花を口にくわえたり、手に持ったりして、お釈迦さまの死を悼んでいる姿はけなげでもある。

こうした描写は、のちに本草学研究において作成される、精緻な昆虫図譜や若冲の動植綵絵などにも、どこか通底するものがある。

また「涅槃図」に描かれることのない、猫を含んでいる点も興味深いそうだ。なお東福寺の日本最大とされる涅槃図(縦15m、横8m・室町期・明兆作)にも、猫が描かれており、何かしらの関わりがあるかもしれない。

猫を描かない理由は諸説あり、危篤を聞き駆けつけた、摩耶夫人の投げた薬が木にひっかかり、それを鼠が取りに行くことを妨げないためとも、猫は鼠を捕って殺生をするためともいわれる。

この摩耶夫人の行為から、「投薬」という言葉が生まれたという説もあるそうだ。

この絵を指導した厭求(1634~1715)は京都生まれで、正保2年(1645)に鳴滝の専念寺・信誉の弟子となり出家。やがて江戸へ行き、霊巌寺で学ぶが、明暦の大火に遭って無常を感じ、その後は諸国を巡りつつ、多くの寺院の再興を果たした僧として知られる。

猫や魚、昆虫など、多様な生きものをあまねく描いたところに、彼の思想を垣間見ることができるだろう。

ちなみに海北友賢による「涅槃図」は、清浄華院(しょうじょうけいん)【京都市上京区】にも伝わっており、真如堂の「涅槃図」が作られて4年後の正徳3年(1713)の作とされている。

こちらは縦3.1メートル、横2.8メートルと半分程度のサイズであるが、その内容は類似する点も多く、興味深い。この両者を比較するのも面白いのではないだろうか。
※なお、清浄華院の「涅槃図」は普段は非公開であり、2月の「涅槃会」や特別公開が別途行われている。

さて本題の「はなくそ」に話を戻そう。漢字では「花供曽」と書く。

真如堂の本尊である阿弥陀さまへの供物とした鏡餅を、細かく刻み、軽く焼いて黒砂糖をからめた「あられ」だ。

寺伝によれば、仏さまへの供物を意味する「花供御(はなくご)」に由来するとされるが、定かではない。

真如堂では、古くから涅槃会に際して参拝者に授与しており、供物の「御下がり」として、食べれば一年、無病息災で過ごせるそうだ。ちなみに製造は老舗の「田丸弥」である。

現在、東福寺の涅槃会でも「はなくそ」は授与されている。なお、こちらは黒豆やあられを飴でからめたもので、やや形状は異なる。京都以外の涅槃会で、こうした「はなくそ」が授与されているとは、寡聞にして知らない。

それにしても「はなくそ」とは、なんとも大胆な呼び名である。

なぜあられなのかも気になる点であるが、こうしたユーモラスな名前を供物に付けたところに、京都の人々にとっての「涅槃会」やお釈迦さまに対する親近感が伝わってくる。

こうした宗教と人々との密接かつ日常的なつながりがあるのが、京都という町の特質でもあるだろう。

ぜひみなさんも、ほのかな甘みとカリカリとした食感の「はなくそ」を味わいに、京都の涅槃会にいらしてみてはいかがだろうか。

※真如堂・「大涅槃図・特別公開」3月1日~31日。
東福寺・泉涌寺「涅槃会」3月14日~16日。
本法寺「春季特別寺宝展」3月15日~4月15日。
参観の際は、各寺のホームページなどを要確認のこと。
※掲出写真の「はなくそ」の後方に写り込んでいるのは、真如堂で頒布されている「大涅槃図」の一部を写した絵はがき。