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#199

続・文学としてのフラ
― 大辻都

続・文学としてのフラ

Herb Kane のイラストによる「ペレ神話」

(2017.01.22公開)

「フラダンスは文学だ」などと言うと、まずは怪訝な顔を向けられる。踊り手さえ、多くの場合この事実に気づいていない。自分が指先や目線で表現しているのが、例外なく詩のことばであるにもかかわらずだ。文学とは文字で紙に書かれたもの、書斎で読む高尚なものだという先入観があるのだろう。
だがじっさい、フラにともなう楽曲は土地の美しさを讃えるといった素朴な歌詞がある一方、王族の記憶や冒険に満ちた神話など、物語性に富むものが多い。火山の化身である女神ペレとその一族の登場する神話の場面をハワイ語で詠唱するオリ(チャント)やメレ(歌)はかなりの数に上り、「アイア・ラー・オ・ペレ」「カ・ワイ・ムーキキ・アラ・レフア」など、古典フラとしても現代フラとしてもひんぱんに踊られている。
主人公のペレは愛情深くもある反面、一度怒ると手がつけられないほど暴力的で残酷にもなるという、女神らしからぬキャラクターが印象的だ。このペレも、鮫の化身である兄カモホアリイも、ペレ最愛の妹ヒイアカも、カヒキと呼ばれる海の彼方からハワイへやってきたとされる。カヒキとは南太平洋ポリネシアのタヒチとも別の島とも考えられるが、じっさいハワイの先住民は、かつて数度にわたり、数千キロも離れたポリネシアの島々からカヌーでの航海の果てにたどり着いた人々とわかっている。
火山島であるハワイ諸島、とりわけハワイ島は今も活火山が噴火をくり返し、その都度住民の生活に大きな影響を与えている。一方、富士山より標高のあるマウナ・ケアなどの高山は、常夏の島とは思えないほど多くの雪を抱く。神話のなかで激しく暴力的な性格を持つ火山の女神ペレが、ライバルである雪の女神ポリアフとの争いでつねに敗北するという展開は、水(雪・海)が火(噴火)を凌駕するハワイの自然の摂理を明らかに反映している。また、ペレの夫となる豚の化身カマプアアの好色な性格と植物や魚などへの変身能力は、度重なる噴火があってもかならず回復し、作物を生み出す土地の豊饒を示しているようだ。
ハワイの伝統的なハーラウ(フラの学校)では、生徒たちは稽古の開始時、「聳える山」で始まるハワイ語のオリ(チャント)を詠唱し、クム・フラ(フラの師匠)に踊ることの許可をもとめる。魔物に阻まれ、進むのが困難な険しい山道を描写したこのオリの詩行にはカウアイ島の現実の地名が多く現われるが、この山道を踊りの道の厳しさに準え、これを乗り越える決意として詠唱されると言われている。
よく知られたこの詩行も、ペレ神話のメイン・ストーリーの一部だ。ペレが自身の夢のなかで出会い恋に落ちた王子ロヒアウを、妹のヒイアカに探しに行かせる物語である。ヒイアカの帰還が定められた40日を過ぎたためペレが怒り狂い、ヒイアカの親友ホーポエと宝であるレフアの森を溶岩流で焼き尽くすという悲劇はもちろんフィクションだが、途中には舞踊としてのフラの起源譚やその衣装が持つ呪術力についても語られている。
ハワイの自然を反映したこの荒唐無稽な物語群のほかに、ハワイ王朝を築いた実在の王族たちの功績を讃え、数え上げるチャントも少なくない。
直接フラで踊られることは少ないが、ハワイ最古の創世神話としては『クムリポ』がある。これは二千行を超える詩篇で、近代のカラーカウア王やリリウオカラニ女王の祖先であるロノ・イ・カ・マカヒキ王子の誕生を祝い、謳われたという。
混沌とした闇の交わりを描く冒頭から末尾まで、ハワイという場所の成り立ちと生命の誕生・進化が謳われるこのチャントもまた、荒唐無稽な独創性に溢れていると言っていい。この長編詩は長らく閉ざされた王家の奥深く、口承で伝えられてきたが、驚くべきことには19世紀後半、カラーカウア王の治世下に書字化されたものを発見したドイツの人類学者バスチャンにより、『日本書紀』冒頭との類似を指摘されている(後藤明『南島の神話』)。
現代の人類学は、今から6000年ほど前、オーストロネシア(南島)語族が中国大陸南部から太平洋を南下し、広範に散らばっていったことを明らかにしているが、その遠大な移動の軌跡を知るにつけ、こうした神話の型の一致も偶然ではないとの推測が強まってくる。
じっさい、日本の記紀神話とハワイを含む環太平洋の神話には非常によく似た挿話が多い。スサノオに切り殺されたオオゲツヒメの遺体から麦や粟、小豆など重要な穀物が生えてくる話は知られているが、『クムリポ』にも、埋められた死体からハワイ人の基本食タロイモが育つという同じ構造を持つくだりがある。
そしてハワイ、日本どちらの神話に共有されるもっとも愉快で想像力をかき立てる挿話といえば、神々の交合による国生みだろう。記紀神話では、イザナギとイザナミの兄妹神が淡路島に始まり、九州、四国、本州と日本列島の島々を生んでゆく。『クムリポ』に登場する創造神ワーケアとパパの夫婦も――時にそれぞれの浮気相手とも――大らかに交合をくり返し、ハワイ島やマウイ島、オアフ島、カウアイ島などハワイ諸島を生み出している。
まったき異文化のイメージがあるハワイの口承文芸だが、意外にも私たちの文化と接点は多い。そういう目で見直してみたとき、フラの詩も表現も一気に近しいものに感じられてくるのである。