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#78

芸術と美術館と検閲
― 加藤志織

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(2014.08.31公開)

現在、愛知県美術館で開催されている「これからの写真」展が一部の人々の間で話題になっている。この展覧会に出品されている写真家の鷹野隆大氏の作品が、警察から猥褻物にあたるとの指摘を受け展示を見合わせるように指示されたからである。
美術館側は撤去を避けるために、猥褻物にあたる可能性があると指摘された部分(男性の陰部)に布を被せて観客の目から遮るなどの配慮をして、なんとか今も展示を継続している。美術館側の努力の賜であろう。
写真の下部を布で垂幕のように覆えば、その作品はさぞかし奇異に見えると思われるが、私は一目見た瞬間、それを検閲の結果としてではなく、もともと制作者が意図した作品の一部だと勘違いしそうになった。なにしろ、いわゆる現代美術の表現は「何でもあり」だからである。
ところで芸術と検閲の問題は決して新しいものではなく古くから存在する。たとえばミケランジェロがヴァティカンのシスティーナ礼拝堂の壁に描いた《最後の審判》(1535-41年)は、先例にない構図の採用やキリスト教の伝統的な図像からの逸脱が見られたために、すでに制作の途中から非難を受けている。
さらに作品完成後にはキリストと複数の聖人たちが衣服を身に付けない裸体で描かれていたことが、神聖なカトリックの総本山を飾るには相応しくないと激しく非難された。とくに過激な批判者たちが、その壁画の破壊まで要求したことはつとに有名である。結局、この騒動は露になったキリストや聖人たちの股間やおしりなどに布を描き足すことで決着し、ミケランジェロの死後に画家ダニエレ・ダ・ヴォルテッラの手によって腰布やイチジクの葉が加筆された。
ミケランジェロ自身は、美しく完璧な肉体を描くことによって至高の調和を表現しようとして裸体を用いたのであったが、そうした深遠な意図は一般には理解されず、大問題になったのである。補足しておくと、裸体それ自体というよりも、宗教的な場に裸体を表現したことが問題視されたのである。
ミケランジェロが《最後の審判》を制作する頃には、ギリシア神話から題材をとった美と愛の女神ウェヌスなどの女性裸体像が作成され、プライベートな私室に飾られ鑑賞されるようになっていた。また、フィレンツェなどのイタリア中部の都市では、15世紀に嫁入り道具を収納するカッソーネという大型の木箱に、子孫繁栄の意味を込めてエロティックな裸体が描かれることもあった。
とはいえ女神の名を借りて描かれた裸体画を私的な空間に展示する場合であっても、客人などの目に不用意にふれないように、時としてエロティックな絵画はカーテンのような幕によって隠され、その作品の主が望んだ時にだけ覆いが取り払われたのである。
スペインの巨匠ゴヤが1800年頃に描いた《裸のマハ》の場合はより手の込んだ偽装工作がおこなわれている。一説によると、ゴヤは実在した女性の裸体、しかも普通は表現しない陰部の毛まで描かれたこの横臥像を隠すために、作品依頼者の命によって同じ女性が服を着た《着衣のマハ》を制作したといわれている。
このようにかつては公にできなかった裸体像ではあるが、今日の美術館では、それが芸術作品と認められる限りにおいては堂々と展示公開することができる、と考える人もいるだろう。しかし、現実はなかなか厳しく、美術館も芸術家も一般社会の中に存在する以上、社会通念や法律からまったく自由に振舞うことなどできない。したがって、上述した愛知県美術館のような問題が起こる。
さらに、猥褻物と芸術作品とを明確に区別することも不可能である。なぜなら猥褻な芸術というものも存在するからだ。われわれにとって《裸のマハ》はもはや性的な興味の範囲外にあるかもしれないが、それが描かれた当時の男性にとってはまさしくエロティックな対象そのものであった。
また、愛知県美術館で今起きていることは、広く「表現の自由」にかかわる重要な問題でもある。言うまでもないが、報道のように芸術もさまざまな政治的な事柄を題材にして制作される。故に、つねに制作者は外的あるいは内的(自主的)な規制と戦いつづけなければならない。それは美術館も同じである。
普段、われわれが意識することはあまりないが、美術館や博物館は生きた表現の場であり、無害で高尚な美術品をただ飾っている所ではない。それを、今回のような事件があらためて気づかせてくれる。「これからの写真」展の会期は9月28日(日)までである。興味のある方はぜひ会場に行って実物を見て、美術館の果たす役割についても考えていただきたい。
(画像はゴヤ作《裸のマハ》、プラド美術館 マドリード)