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#193

政治、笑い、風刺
― 加藤志織

政治、笑い、風刺

(2016.12.11公開)

12月5日、イタリアの若き首相マッテオ・レンツィが退陣を表明した。みずからが進めてきた、セナート・デッラ・レップブリカ、すなわち上院の権限を現在よりも限定するための憲法改正案が国民投票で否決されたからである。
マスコミは、この出来事を、本年6月にイギリスで実施されたEUからの離脱を問うための国民投票結果や先日おこなわれたアメリカ大統領選でのドナルド・トランプの勝利と関連づけて、ポピュリズム(大衆迎合主義)の台頭、第二次大戦後に欧米で構築されてきた多様性と寛容を重視する民主主義の後退だと評している。
イタリアはEUにおいて、それなりの存在感を発揮してはいるが、日本でその政治が注目されることはめったにない。例外的に我が国でかの地の政治が人々の耳目を集めたのは、かつて首相を務めたベルルスコーニがおこしたさまざまなスキャンダルである。彼にかけられた嫌疑はじつに多種であり、失言・暴言の質や数についても、トランプやフィリピン大統領ドゥテルテに決して引けをとらない。
さて、イタリア国民はレンツィ首相の憲法改正案に「No」を突きつけたが、その投票行動に影響を与えたとされるのが「五つ星運動」である。五つの星とは社会が守らなければならない五つの項目、水、環境、交通、発展、エネルギーを指す。この政治運動を率いているのがべッペ・グリッロだ。TVニュースでは、それがポピュリズムだということを強調するためか、リーダーのグリッロが著名なコメディアンであることを繰り返し喧伝している。
グリッロの政治思想や政治手法、あるいはコメディアンとしての評価はさておき、政治と笑い、そして風刺が古来より深い関係にあり、しばしば政局に少なからざる影響を与えてきたことは間違いない。たとえば16世紀のイタリアでは、政治に携わる有力者に対して、辛辣であると同時に笑いを誘う非難の言葉が投げかけられた。
同じようなことはイタリアに限らず西ヨーロッパに共通してみられる。とくに1789〜99年に起こったフランス革命では下品で攻撃的な風刺が多数つくられ、旧体制を糾弾するための重要なプロパガンダとして使われた。風刺が今日のフランスで表現の自由や政治的な意思表明の場として重要視されるのにはこうした背景がある。また、「笑い」について深い考察をくわえた偉大な思想家、ベルクソン(1859〜1941)とバタイユ(1897〜1962)が同国で誕生したことも、こうした文化的な土壌と何らかの関係があるのかもしれない。
話をイタリアに戻そう。ローマのナヴォーナ広場に隣接するブラスキ宮殿の傍らには1501年に発見された古代彫刻が設置されている。パスクィーノと呼ばれるこの人像の台座には、16世紀から政治風刺詩が張りつけられ「話をする」石像として市民に親しまれてきた。過激な言葉、機知にとんだ言葉が、人ならざる彫像の言葉として発信され、民衆を楽しませるのと同時に時の権力者たちを悩ませたのである。さて、現在の政治状況を見て、パスクィーノは何を語るのか、興味があるのは私だけではあるまい。

画像
パスクィ—ノ像 撮影者Carlomorino、Wikimedia Commonsより
(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Pasquino.jpg?uselang=ja)